2012年12月5日

型にはまらず


ヤマハ・オーディオのスピーカーには今も昔も「NS」という品番が付けられています。これは「ナチュラル・サウンド」の略なのであって、世界的な楽器メーカーとしての拘りが感じられるものなのですが、60年代から70年代初頭にかけてこんな奇妙な形をしたスピーカー・ユニットを作っていたことはご存知でしょうか。
グランドピアノの造形をモチーフにして特定の帯域の共振を防ぐための形状だったわけですが、こんな画期的な製品を生み出した当時のエンジニアの情熱って凄いですよね。既存のスタイルに満足せず独自の発想でそれを製品化してしまうパワーは、まさに発展途上国であった我が国の勢いそのものだと言えるでしょう。
大型の物だと長辺1mという巨大なユニットまで存在したというこれを、堅牢なダイキャスト・フレームにマウントして奥行きの浅い後面開放型のエンクロージャーに収め、能率は優に100dBを超えていたそうです。私は実際の音を聴いたことはありませんが、この巨大な振動板をエッジと密閉箱で抑え込むことなく自由に振動させた結果、とても伸びやかな音でダイナミックに鳴っていたであろうことが窺えます。見た目は大きいですがフルレンジに近い特性だったので、これ1発で全帯域をカバーしていたらしいのですが、アクセントとして超高域をスーパー・ツイーターで補っていたようです。
文献によるとこのモデルは「楽器」に近い性質で、倍音の表現力に長けていたとありますが、実際にはユニットそのものが倍音を生み出していたらしいのです。これも驚きですよね、本来のスピーカーの役割としては音楽信号を忠実に音に変換することなのですから、敢えてそこで「色付け」してしまうというのは音響製品としてはタブーだった筈ですからね。とても興味深い製品です。

けれどこれほど独創的で世間を騒がせた製品であっても、生産コストや流通コスト、そしてやがて訪れた小型化の時代の中でその姿は消滅してしまいました。丸でも四角でもなく楕円でもない、こんな革命的な製品を世に送り出した日本人技術者を誇りに思うと共にとても残念な気がしてなりません。ホンダやソニーと同じように、一世を風靡した若きニッポンの底力というか闘争心というか、それが欠乏した現代を嘆かわしく感じてしまうのは私だけなんでしょうか。少なくとも物造りに於いては自由な発想と冒険が必要です。それが失われては陳腐な物しか残らず、見渡す限り同じような物が並んでいる光景とそれを買い求める消費者の姿には何処か恐ろしさまで抱いてしまうのですが・・

何事も型にはまらず、そうありたいものですね。

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