2013年1月31日

満腹


10年ぶりくらいに訪れた鎌倉芸術館、
周囲に建物が増えたせいか風景は少し変わってしまいましたが
中へ入って目にした中庭の竹が妙に懐かしく感じられました。
前に来たのは末娘の高校の吹奏楽部の定演、だったかな?
その娘が今では一児の母ですからねぇ・・感慨深いです。

2号機が通うかつら愛児園の第60回目の学芸会、盛り沢山の内容でした。
年少からハモニカやピアニカを吹かせる栄区で一番古い保育園なんですが
三歳から楽器やアンサンブルに触れさせる音楽教育に重点を置いて
英語やフランス語、ドイツ語の歌まで歌わせるっていうのは驚きます。
それも1500人収容の本格的な音楽ホールのステージで
わらわらと蠢き何を仕出かすか分からない幼児たちを統率するんですからね。

肝心の2号機はどうだったかって?
ちゃんとやってましたよ、終わってから褒めてあげました。
やりゃあ出来るんじゃーん、て(笑)

末娘がポンタを連れて来てたので、終演後は皆で長男宅へ移動して寿司パーティー。
(ここへ集まったときは決まってこれです)
近隣のスシローに予約注文して車で取りに行く、このパターンが多いのですが
本日も盛大に53品注文して、大人6人子供3人で喰いまくりました。
おかげで喰い過ぎ、腹いっぱい。安くて旨いのはいいことですね。
私にとっては早めの晩飯だったのですが、深夜になってもお腹が空きません。


鎌倉芸術館の喫煙所近くにこんなアートも在りました。
横須賀の繁華街を思い出しますね。
1月も今日で終わりです。


*

2013年1月30日

大船へ


長男宅の次男坊(私が言うところの2号機)が
「保育園の先生と同じにして~」と母親にねだり、こんな髪型になったとか。
れっきとした男の子なのですが、こうすると女の子に見えてしまいますな。

明日はこの坊主が通う保育園の学芸会が催されます。
なんでも第60回目とか、すごい歴史ですよね。
音楽教育に熱心な保育園らしく、かなり力を入れて練習してるそうですが
その会場が大船の鎌倉芸術館大ホールってのも驚きました。
キャパ1500人、しかも本格的な音楽ホールです。
保育園と言えども、これは侮れません。

いったいどんなステージが展開されるのか、
ひとっ走り大船まで、家族総出で行ってみることにします。
Keiクン、明日はたくさん乗って重くなるけど勘弁ね!


*

2013年1月29日

(ぼやき)双方の思惑


まともに届かないと、批判や苦情が何かと多いメール便。
町内の隅から隅まで知り尽くしている宅急便ドライバーとは異なり、
分かり難い家や間違い易いポストに翻弄される不慣れなパート配達員のせいです。

A4サイズで厚みが1Cmまでの物なら、全国どこでも80円で送れます。
やんちゃな通販業者はコスト削減のため商品を入れて顧客に送ったりもしてますが
万一その荷物が所在不明になったとしても保険加入はしてませんから補償はありません。
その辺りを双方が熟知した上で利用するべきなのですが、
エンドユーザーに十分な説明をしないまま「安さ」を理由に利用されることがほとんどなので
いざそれが届かないということになると、受人は猛烈に怒るのです。
前述の配達員の未熟さから誤配も数多くあり、非難の対象となる事例は後を絶ちません。

1個送ってわずか80円なのだから文句は言うな。
そういう意見もあります。
貴重品や代価の発生する物は送るな。
それも当然の言葉です。
元々はDMやパンフレット、通販会社のカタログ等を対象に始まったサービスですが
今いったいどれほど「重要な物」が送られているのか、その実態は掴みきれません。
けれども受け取る側からすると、そんなことはどうでもいい。
届かないことによる損害を誰が補償してくれるんだ、となるのです。

ご存知ですか?
この1個80円のメール便、たとえ封筒1冊であっても自宅まで集荷に伺うんですよ。
宅急便のドライバーが集配車を走らせて(わずか)80円の荷物を回収に行くんです。
信じられないでしょ、現場の人間は「やってらんねえー!」と思うのも当然です。
確かに1件当たりのコストを考えると無謀な策としか思えませんけど
グロスで見ると莫大な利益があるので会社としてはやめられないのです。
平成21年度のデータを見ると、某Y運輸だけでも22億冊を超える取扱高を占めています。
宅急便のルートに(ついでに)乗せるだけなので輸送コストは掛かりませんから
人件費を差し引いても十分すぎるほどの利益があるのです。
如何に未配未着の苦情があろうとも、対応はサービスセンターや現場に一任させて
これほど儲かる物は企業にとって「やめられない止まらない」看板商品となるわけです。
一説には、仮に10円にしたとしても利益が生じるとまで言われています。
時間と幾人もの手を経て集荷・配達される80円のメール便、
現場で携わる者たちにとっては厄介物であっても、企業としては美味しい商品なのです。

だからなのでしょうか、過剰とも思える集荷サービスまであるのは。
おかげで平然とメール便1冊の集荷を依頼してくる顧客が数多く居ます。
近くにお店など無い過疎地であれば必要なサービスなのでしょうが
不夜城の如くあちこちに取扱いしているコンビニが無数に在るこの都会で
そこまでしてあげなきゃならない理由がどこにあるんでしょう。
若くて元気そうな人間が、当たり前のように80円のメール便を引き取りに来させるなんて
客を甘やかせすぎだと思うのは私だけなんでしょうかね?
その行為、それを受け入れる企業、どちらも私の目には異常としか映りません。

サービスって何さ?
そんな憤りを覚える夜であります。

*

2013年1月28日

行くあてがない

横浜の朝は薄っすらと積もる程度、でもやはり降りましたね。
今回は千葉に多く降ったようですが、概ねウエザーニュース社の予報通りでした。

超ど級の寒波が居座り、ここ数日間は厳しい冷え込みが続いています。
1月から2月にかけてのこの時期、寒くないわけがありませんけど
心のどこかで油断していたような、冬をナメていた気さえします。
何というか、ずっしりとして寒さの重みが違うものですから
ついつい体が縮こまってしまい、背中をピンと伸ばすことができません。
こんな季節に颯爽と胸を張って街中を歩く人を目にすると
その姿をとても美しく、そして凛々しく思えてしまうものです。

帯広の町に戻り、父親の介護をしている旧い友人から電話がありました。
前の晩は留守電に「酔っ払って声が聴きたくなって掛けましたあ~」と、
ただそれだけのメッセージ。
翌日にも不在着信があったので気になって掛けてみましたが
(意外にも)素面で元気そうな声が返って来て一安心。
2月の後半にこちらへ遊びに来るそうなので、そのときは逢ってゆっくり話せそうです。

散歩好きの彼、田舎に戻っても雪道をあちこち歩き回っているようです。
私の実家の近くを流れている帯広川の上流の方には
こんなにたくさんの白鳥が群れているらしいのですが、ちょっとびっくり。


彼のBlogから拝借してきました。すごい数です。
行くあてがないときは、よくここへ白鳥を見に行ってるそうですが
氷点下の雪道を、こうして徘徊できる爺さんもまた逞しく感じてしまいます。

田舎で暮らすには、車が無ければ歩いて移動するしかありません。
ふと思い立って電車に乗り、遠くまで出掛けられる都会とはそこが違います。
行きたい場所までの「足」は、自分の足しかないのですから
いくら歩いても いくら歩いても、その距離は高が知れてます。
広い大地で生きていながら、日常の行動範囲は案外と狭いものなのです。
それが冬ともなれば、余計に狭くなってしまいます。
むろん、凍てつく夜に好き好んで出歩く者など何処にも居ません。
活動できる時間と距離が都会とは比べ物にならないほど少ない、
それが田舎の営みなのです。

行くあてがない。
遠い昔に田舎で過ごしていたとき、冬になるといつもそう思っていました。
逃げ出したくても逃げ出せない、
あの頃の私は、そんな情念に満ちていました。
どうにもならないほど、北国の冬は厳しいものなのです。

*

2013年1月27日

だるまさん


夜、帰宅途中の保土ヶ谷バイパスを走行中に
出口付近に差し掛かった時いきなり雪が降り始めました。
ひらひらはらはらとフロントガラスに落ちて来る雪を見ながら家に戻ると
カミさんが「明日の未明は雪だってさ!」と言うではありませんか。
へ?そんな予報聞いてないぞ、と思いながらiPhoneのウエザーニュースを開くと
あらら、いつの間にこんなにたくさん雪ダルマが並んじゃったんでしょ、と驚くばかり。
ほんとかよーと訝りながら天気図を見てみると、確かに明け方は低気圧が通過します。
例の、南岸低気圧。八丈島の下を通ると関東沿岸部に雪を降らせるというあれです。
上空には超ど級の寒波、雪になる条件は整っているわけですね。あじゃあ~
積もらないことを祈りつつ、心の準備だけはしておきましょう。

ただ、気象庁などその他の予報では「曇り時々雨」程度。
ダルマさんをいっぱい並べてるのはウエザーニュース社だけのようですけど
この会社の予報、日頃からかなり的確なんですよね。
月曜の朝の雪、量によっては交通機関に影響が出るかも知れません。
雪に弱い首都圏にお住まいの皆さま、心して床にお就きください。
降らないのが一番ですけどさ。

昨日交換したハロゲン球のレポートを。

やはり期待した通りの明るさで視認性が向上しました。
テールライトもくっきりとして、どよ~んとしたみすぼらしさから脱却できたことも何よりです。
前方の手暗がり感が無くなり、おまけにリアはキリッと引き締まり、
「デンキュウ」がもたらす適度な明るさと温かな色合いが愛おしく思えてしまいます。
HIDやLEDって、明るいんだけどどこか冷たい。
「デンキュウ」の光はいいものですよ、ええ。
悩んだ末にクリア球を選択したのも好結果に繋がったんだと思います。
スペックと実際の感覚には大きな開きがあるものですから
仮に遠くまで光を飛ばす球であっても、実際には暗く感じたりするものです。
楽器やオーディオなど、音楽に関する音質についてもそうですけど
光の見え具合もやはり感覚が第一ですね。スペックだけを重視してはいけません。

ところで、殺人的な光を放つHIDのみならず
後付けのLEDのブレーキランプもかなり攻撃的ですね。
今夜、前を走っていたワゴンRがブレーキを踏む度に
まるでレーザービーム張りの真っ赤な光線が飛んで来ました。
信号待ちで停車したときなんて、完全に眼をやられてしまうほどの光量です。
ああなると、もはや兵器以外の何物でもありません。
前も後もあんなに明るすぎては、対向車や後続車が眼をやられて
返って危険な状況を引き起こしてしまうんじゃないかと危惧してます。
なんとか規制することはできないものなんでしょうかねぇ。
それとも、私の感覚が現代的ではないというだけのことなのかしら?

*

2013年1月26日

デンキュウ


形状や用途に関わらず、電球っていいですね。
「デンキュウ」という音の響きも好きですが、車のハロゲンランプの
台座を含めたそのスタイリングには芸術的なものまで感じてしまいます。
もしや電球フェチ、なんでしょうか?

昨晩の予定通り、本日はオートバックスへ出向きフロントとリアの球を新しくして来ました。
悩んだ末、ヘッドライトにはPIAAのH-166というハイパワータイプを選択、
3200Kのやや暖色系ながら、明るくて柔らかな光の物にしました。
カタログデータではどんなに明るくても、青いバルブだとどうしても暗く感じられるので
テリオスキッドに使っていたのと同じ(見慣れた)クリア球にしたわけです。

リアは(LEDだと高価すぎるので)すんなりと小糸製作所のP8844に決定。
1球300円ちょっとですが、これもハイパワータイプです。


昼間でしたが、リアを替えた効果は大きかったですね。
明らかにブレーキランプの発光が明るくなりました。
それもその筈、外した球は黒ずんでいて如何にも暗そうでしたから。
たぶんこれなら夜間のテールもかなり明るくなっていることでしょう。
昨日までの「どよ~ん」とした後姿ともおさらばです。
(夜間に追突された経験を持つ身としては、後続車からの視認性は重要ですからね!)

明日にならないと夜間走行はありませんので
一体どれくらい明るく走りやすくなったかは明晩レポートさせて頂きます。

そうそう、お店の人が言ってました。
HIDに替えると、もう他のライトじゃ暗くて走れないって。
あれだけ明るけりゃ、そうなるでしょうに。ねえ。

あとは樹脂レンズの曇りを磨き取ってあげなきゃ。
専用のコンパウンドを持っているので、もうちょっと暖かくなったらね。
北風ぴいぷうの今の時期じゃ、手がかじかんで無理ですから。

*

2013年1月25日

打倒HID!


新人研修中のKeiクン、前も後もちょっと暗いのが気になります。
退役したテリオスキッドに比べると、手暗がりな感じが否めませんので
バルブをハイパワーなハロゲン球に替えることにしました。
好みはやや暖色系、どうも青白い光は好きになれません。
(自宅の蛍光管も昼光色を好んで使ってるくらいですからね)
割引き券があるので、明日オートバックスへ行って物色してみましょう。
ついでに後続車対策で、どよ~んとしたリアも明るい球に替えたいところですが
値段次第、予算に限りがあるのでどうなることやら。

近頃の車ですけど、HIDが流行してるせいで対向車のライトがやたら眩しく感じます。
出始めの頃は「くらっ!ハイビームで走るんじゃねー!!」なあんて思ったくらいですけど
真っ暗な田舎道を走るわけでもなく、お店の灯りや街路灯がたくさん有るような
そんな街中を走るのに、あそこまで明るくする必要ってあるんでしょうかねぇ?
擦れ違う身としては、目をやられて傍迷惑なんですけど。
おまけに晴れた日の夜だというのに、フォグまで点けて走ってる車を見掛けると
ライトを激しいほどに明るくするのが自己主張なのかしら?と、思ってしまいます。
爆音系が居なくなったと思ったら、今度はギラギラの照明系、ということなんでしょうか。
相手を威嚇するには音と光が一番効果的でしょうけど、
なあんか、人間が小っちゃく思えてしまいますなあ~

そんなわけですから、私はハロゲンのままで行くのです。
打倒HID!!(笑)

*

2013年1月24日

拍子抜け

結局、雪は降らず。
車を諦め鶴見線に乗る気満々で床に就いたのですが
心の準備をしているときは、得てしてそんなものなんでしょう。
なんだか拍子抜けの朝でした。

ちなみに支線の終点、海芝浦の駅のホームは海に面してるんですってね。
このロケーション、一度この目で見てみたいものです。


駅は某企業の敷地内にあるため、そこの社員しか降りられないので
一般の方は引き返すしかないらしいのですが
ホームで写真を撮ったり、ちょっとした観光?名所になっているそうです。
海に突き出した形の終着駅、なんとも魅力的な風景ではありませんか。
暇なときにでも、ぶらっと訪ねてみたいものです。

*

2013年1月23日

鶴見線


通勤時間帯を除く平日の昼間は1時間に3本ほどしか走らない
そんなローカル線が横浜市内にもあるんですよね。

JR鶴見線。
鶴見から扇町までの本線と、海芝浦、大川行きの支線で構成されている
主に京浜工業地帯で働く労働者を運ぶための3両連結の電車です。
私の仕事場は安善駅から海側に300mほど行った所に在りますが
日頃は車で通っているため、未だかつてこの電車には乗ったことがありません。
車窓から眺める風景は、いったいどんな具合なんでしょうかねぇ。
一度乗ってみたい、そう思うことが時折ありました。

予報では未明にかけて雪か雨、雪だるまのマークが並んでいます。
もしも明日、積雪で道路状況が悪ければ
車を諦めて電車で行くことになりそうなので
(不本意ながら)その長年の願いが叶うことになるかも知れません。

乗り換えその他で無駄な時間を潰すのがちょっと憂鬱なのと
車に比べて倍の時間を費やすことになるので、やや複雑な心境ではありますが・・(笑)

*

2013年1月22日

ふゆ


冬になると聴きたくなる一枚です。

私の部屋に在るアルバムの殆どは
どれも冬の匂いがぷんぷんする物ばかり。
それがいったい何故なのか
未だに解らないままなのです。

私の歌も、そう。
冬の情景ばかりなのは
北の国で生まれ育ったからなのでしょうか。

思えば
演歌もそうですね。

日本人の性、なのかも知れません。


*

2013年1月21日

ワカサギ


通り魔的な犯罪を犯す狂った奴も中には居る。
けれど頭がおかしいからと罪に問われることもなく
やがてメディアは報じることも無くなり、いつか人々の記憶から消えて行く。
学校で銃を乱射したり、武装した集団に突然襲われるような国とは違い
民間人が武器を持たない国は、やはり平和なのだとつくづく思ってしまう。

今朝、仕事場へ向うため車のエンジンを掛けてふと見ると
屋根から右のリアにかけてべっちょりと鳥の糞がかけられていた。
テロリストによる空爆だ。
くっそー!と、行き場の無い怒りを押し殺しながら
車載のウエットティッシュで念入りに拭き取る。
冬の青空の下、我が家に於けるテロ行為とは、さしづめこんな程度だ。
次にやられたらスペンサー銃で撃ち殺してやる!と、息巻いてみても
現実的ではないその発想は、鳥たちとの戦争にまで至ることはない。

・・平和だ。

夜の食卓に、こんがり揚げたワカサギのフライがあった。
何も付けず、そのままむしゃむしゃと喰う。
芋焼酎を飲みながら、むしゃむしゃむしゃむしゃと喰う。
あまりに旨いので幸せな気分になった。

骨と一緒に、平和な日常を噛み締めながら
大量殺戮を伝えるニュースを平然と見ている私もまた
すでに狂っているのかも知れないが。

むしゃむしゃむしゃむしゃ
むしゃむしゃむしゃむしゃと
ワカサギを喰らう。

*

2013年1月20日

カスバの女


またしても雪だるまのマークが出てしまいました。
見た目は可愛らしいし、犬も子供も大喜びするんですけど
私ら渡世人にとっては、あまり嬉しくないことであります。

南岸低気圧、これが発達しながら八丈島の下を通って行くと
寒気を引き込んで関東の沿岸部に雪を降らせるらしいですね。
上を通って行った時は内陸部だけで、海側の土地には降らないようです。
14日の大雪は急速に発達した低気圧が八丈島の下を通過したことが原因とか。
明日の夜はどうなるんでしょうね。
夏タイヤのままでチェーンも持たないドライバーが多い土地柄ですから
平年よりも気温の低い冬だとは言っても、やたらと降ってほしくないものです。
もちろん?私の車も、冬の装備は何ひとつありませんもの。



ここは地の果てアルジェリア・・



遠い異国の地で起こった事の、真実が語られることは無いのかも知れません。
「カスバの女」幼い頃に聴いた、私の好きな歌をちあきなおみが歌っています。
友人のミュージシャン、遠藤コージ君もライブで歌っていたのを思い出しました。


*

2013年1月19日

地球の裏側で


人質という極めて卑劣な手段を講じる武装勢力。
要求を一切受け入れず武力で制圧する国防という名の軍隊。
その狭間で犠牲になるのは夥しい数の民間人だ。

救出作戦と称してはいるものの、
準備期間も無く唐突とも思える攻撃には
人命優先などという考えはハナから無かったことが窺える。

国際的に非難を浴びるであろうアルジェリア政府が
いったいどんな弁明をするのか
当事国の宰相の記者会見を待つとしよう。

安否を気遣うご家族の心情を思うと
言葉にならない。

*

2013年1月18日

Hobo


雪かき事件以来、とんだ長期休暇となってしまいました。
苦情と問い合わせに翻弄された仕事場の皆さま、お役に立てず申し訳ありませんでした。
明日から、はい、明日から平常通り出勤致しますゆえ、どうかお許しください。

独り言の前置きはさて置き、今日はリハビリを兼ねて車で外出。
入れ替えた車のマスターキーを作ってもらうためディーラーまで足を運びました。
なんと、無いと言われてたキーレスの受信機が付いているのが分かったのです。

平成11年といえば私が以前乗っていたジムニーと同じ年式。
メーターやステアリングも全く同じ仕様の物でしたから「おや?」と思いルームミラーを見ると
ちゃんと赤外線のセンサーが取り付けられてるじゃありませんか。
14年間あちこち転々としている間にオリジナルの鍵が無くなってしまったのか
私が受け取ったのは2本とも合鍵屋で作られたペナペナの鍵でした。
けれど平成11年、いや絶対付いてる筈だからと調べてみると、やはり有ったのです。
そこでディーラーへ赴き、マスター登録して新たに作って頂いたわけ。
初期の赤外線方式なので、受信距離は1メートル足らずとお粗末ではありますが
やはりこれは有った方が便利に決まってますからね!
(1メートルなのでドアのすぐ傍で押さなきゃならないんですけど・・)笑
真新しい鍵を付けた真紅のKeiで、明日は颯爽と仕事場へ向うのです。

ぼおーっと過ごしていた療養中にも、ひとつだけ収穫がありました。
昨日ご紹介したTHE FG、これを弾いてるうちに歌が出来上がったんです。
酔った勢いで小躍りしながら深夜にFacebookに載せてしまいましたが
そのときは(途中経過の)二番まで、今日になってから三番を書き足しました。
とある方のつぶやきにインスパイアされて書いた三番目の歌詞、
だからというわけじゃないんですけど、タイトルが「Hobo」に替わっています。
ライブを再開する春には、この新曲を引っ提げて行きますからね!お楽しみに!!



「Hobo」

北風が冷たい夜は
君が恋しくなって
記憶の糸 手繰り寄せる
あの日あの時のこと

流離い人よ
夢見る一夜の旅路

薬鑵に一杯お湯を沸かし
熱いお茶を飲んでる
曇った硝子窓の向こう
冬が座り込んでる

彷徨い人よ
悩める一夜の孤独

凍えた指で握り締めてる
その大切な物は何?
たくさんの荷物背負い込んでる
けど本当に必要な物は何?

尋ね人よ
迷える一夜のHobo

Shalala 僕は
Shalala 君と
Shalala 喜望峰を目指すHobo



Lyric & Music by Kazura

*

2013年1月17日

鈍(ナマ)る


数年間、友人にレンタルしていたTHE FG、
手元に戻ってから傷んだあちこちをリペアしたり部品交換などしたものの
気に障る箇所が幾つもあって、磨きを入れてから仕舞い込んでおりました。
相性が悪いのか、私にはどうにも馴染んでくれなかったんです。
つい先日も、久々にその友人と顔を合わせた折、このギターの話が出たので
ロニー&ロケットメンの(毒舌)鈴木クンの口癖みたいに
「あれはクソだ!」と、酔った勢いで何度か言ってしまった覚えがあります。

腰痛で自宅療養中とは言え、上半身だけは暇だったので
思い出したようにこれを取り出して1年ぶりくらいに弾いてみると
あら不思議、ザクザクした音の感触がとても心地好いではありませんか。
しばらく鳴らしているうちに、曲がひとつ出来る前の入口辺りの所まで行ってしまいました。
ちょっとした快感です。

理由はすぐにわかりました。
張り替えた弦が伸びてしまい、音がナマッていたのです。
このギター、いつもメインで使用しているGibsonのJ-45と同じように
ちょっと古くなったくらいの弦の方がバランス良く鳴るみたいですね。
低音弦のサスティーンが少ないところもいい感じに聴こえます。

すっかり気を良くした私、
しばらくの間、身体に一番近い場所に置いておくことにしました。
歌い出すきっかけになるかも知れません。

*

2013年1月16日

由来


突然ですが、私の本名は田守といいます。
日頃は「かずら」としか聞いたことのない皆さんの中にも、
Facebookのローマ字表記を見て気が付かれた方も居るかと思います。
片仮名で目にしたり耳で聞いたりすると、著名な芸人と同じ響きになってしまうので
日頃は公にすることはまずありません。

遡ること45年ほど前、
高校2年の時にライトミュージック・コンテスト(後のポプコン)に出場するにあたり
本名のままだと学校に知られてマズイことになるので、姉に相談してみました。
すると彼女、「万葉集に登場する日陰葛(ひかげのかずら)なんてどう?」と申し、
その当時ろくに学校へも行かずアウトローを気取っていたハナタレ小僧は、
言い得て妙とばかりにその名前で歌い始めたのでありました。
以後、友人知人を筆頭に周囲の全ての者たちは、略して「かずら」と呼ぶようになったのです。
(売れないミュージシャンそのものみたいなので、自ら「日陰」を外したという説もあり)
70年代初頭までの私は写真のような風貌で、その名前で歌っていました。

その後23歳で結婚する直前に(それまでのツバメ状態を脱却するため)
歌うことを辞めてサラリーマンになった以降も、旧い友人たちは皆が「かずら」と呼んでいましたが
私自身としては本名での生活が続いていたので、ずっと封印しておりました。
やがて長男が中学に上がった頃、妹二人が参加していた子供ミュージカルに
彼も加わることになり、女房も私も父兄としてそのグループに関わるようになりました。
今年で三十代半ばとなるその長男は希夢(きむ)といいますので、
女房は「きむおば」私は「きむおじ」と、仲間たちからはそう呼ばれていました。
(10年ほど関わっていたせいか、その当時の方々は今でも「きむおじ」と呼びます)
習慣、なんでしょうね。何度言っても「かずら」とは呼んでくれないのです(笑)

そして2005年1月15日、三十数年ぶりに再びステージで歌うことが決まった時に
それまで封印していた「かずら」の名前を復活させることになったのです。
(云わば、昔の名前で出ています的なプロモも兼ねてね)
それは結婚30周年のイベントとしての一夜限りの企画だったんですが、
大盛況だったことに加え、もっと歌っていたいなあと思う気持ちが込み上げて
そのまま今に至るまで(現在は休業中ですが)続いているわけなのです。
その1月15日のライブ翌日に、Blogで「これは、かずら元年である」と宣言したことから
以来私は「かずら元年」の名前で活動するようになったのです。
(なぜ元年なのー?と、不思議に思われる方はこれで納得されましたよね)

余談になりますけど、数字を覚えるのが苦手な私が
結婚記念日と何周年になるかを正確に言えるのは、このライブがあったおかげなんです。
2005年に30周年、これさえ覚えていればいいんですからね!


今日、一日遅れでいつものワインを買って来ました。
毎年の慣わし、女房と二人だけで乾杯する、それだけの質素な祝いです。
料理もプレゼントも何もありませんけど、お互いが健康であること
それが一番なのだと(勝手に)思うようにしています。
ワインのラベルが、この家で一緒に暮らしていた今は亡きボーダーコリーの顔に
とてもよく似ているので毎回これを買ってしまうのですが、
一人減り、二人減り、一匹減り、二匹減り・・
賑やかだったこの家も、ずいぶんと殺風景になってしまったものです。

*

2013年1月15日

38年目の〇〇

1月の雪は融けないもんですなあ。
晴れていたにも関わらず、北風ぴいぷうの寒い一日でしたもの。

車を出すため庭のほぼ全域を除雪して、さあ出来たぞーと思いながら通りを見ると
轍の底が凍ったままで、その上にシャーベット状の雪。
こりゃ滑るでしょと、お隣の倉庫から(勝手に)平スコップを持ち出して
カチョーン!カチョーン!と、坂の上くらいまでを10mほど削って行き
額に汗しながらおよそ1時間ほど、湿って重たい雪と格闘していたら・・

持病の腰痛、出ちゃいましたわ。いわゆる鈍痛。
ろくに運動もしない軟弱な爺さんが、汗かきながらやることではなかったようです。
とほほ。

それにしても、自分の家の前の道路を全く除雪しない人って多すぎます。
ツルンと滑りそうになっているのに知らん顔って、これいったいどういうことでしょ。
陽射しがあるうちに凍って固まった轍をバラしてくれるだけでいいのにさ。
家の間口分だけ各戸がやれば道路から雪が消えるだろうにねぇ。ちょっと怒り気味。
私にもっと体力があったなら、町内中の道路を隈なく削って回りたかったくらいです。

それともうひとつ理解できないのが、屋根に雪を載せたまま走るドライバー。
これ、とっても危険!走行中に前か後に落ちて来るの必至ですからね。
特に今回のような湿った雪は、屋根との設置面が完全に凍っているので
部分的に落ちるんじゃなくて、塊のまま滑って落ちて来ますから
前に落ちれば見えなくなるし、高速走行中に後に落ちたら後続車に被害を与えかねません。
そこのアホ・ドライバーよ、雪を降ろしてから走り出さんかい!

そんなこんなでドタバタしているうちに大事なことを忘れてました。
私と女房、今日が結婚記念日だったわけでして
毎年(きちんと)覚えていて、必ずワインを1本買って帰る習慣まであったというのに
(決してお洒落じゃないのよ、安上がりで喜んでもらえるからなのね)
大雪騒動のせいで、すっかり忘れてしまっていたのです。
気が付いたのは日付が変わるちょっと前、三日前までは覚えていたのになあ・・


7~8年前に仲間と飲みに行った帰りの写真ですけど、今でもこんなアホ夫婦ですわ(笑)
何故こんな古い写真を引っ張り出して来たかって?
実は去年久しぶりに会ったクックハウスの鈴木クンがこんなこと言ってたんです。
「かずらさん、あの頃よりも若返りましたよね!」って。
その時は「?」だった私、この写真を見て納得しました。
た、確かに今より老けて見える。。(汗)

ま、めでたいかどうかは別として、私ら今年で38年目を迎えました。
皆さまには関心の薄いお話でしょうけど、ご報告まで・・



(注:クックハウスは現在ロニー&ロケットメンとして活動中)


2013年1月14日

雪には滅法弱いんです


私が帰宅した午前9時頃の横浜は、寒いなからもまだ雨でした。
時折白い物が混ざっている程度、しかしそれが数時間後にはこんなことになっていました。
横浜地方、最大で13Cmの積雪という記録的な大雪です。
前日に納車を済ませたピッカピカのKeiクンも、庭で寒さに震えているではありませんか。
雨は仕方ないなあと思ってましたが、まさか雪がこんなに降るなんて!
我が家にやって来たKeiクン、初日からドラマチックな展開となりました。
幸い今日は休日だったので、滑る路面で怖い思いをせずに済みましたけど
朝から快晴とはいえ、こんなに降っちゃって明日の路面状態はどうなんでしょうね。
新米のKeiクン、鶴見までちゃんと走って行けるのかしら?
おまけに私の仕事場、雪の影響で明日も混乱は避けられない状況かと思いますんで
いっそのこと、腹か腰が痛くなって休みを取れたらいいのにと思ってしまいます。
でもなあ、明日は当社の〆日だしなあ・・

関東に降る極度に湿った雪って始末に悪いんですよね。
積もった所に足を踏み入れるとジワーッと水が染み出て来るし、
びちゃびちゃのその部分が今度はとても滑りやすい状態になるし、
歩いていても車で走っていても、その危険性は北国の雪とは大きく異なります。
この車に積もった雪を払うのだって、重たくて粘っこいんで大変なんです。
明日の午後にはどこの通りも水浸しになってるんでしょうね、きっと。
雪に弱い都会の営み、さっさと融けて無くなってほしいものです。

申し遅れましたが、改めて紹介させて頂きます。
テリオスキッドに代わり、新たに私の相棒となった平成11年のスズキ Keiクンです。


昨日の納車時はこんなにピカピカだったんですよ。
燃ゆる赤、還暦の赤!のワインレッド。
14年落ちの旧いボディに残った小傷や垢を業者さんが綺麗に修復してくれました。
アルミを履いてなかったので、ヤワなホイールカバーを外し
馬鹿にされないよう、黒い鉄チンを剥き出しにしてワイルド感を演出してみました。
ここ数年は車重のある四駆ばかり乗ってましたから、軽量のFF車に乗るのは久しぶりです。
アクセルもタッチが軽いので踏み過ぎに注意、てところでしょうか。
下りの坂道とか、フルタイム四駆のようにエンジンブレーキが効かないのがちと怖く
アクセルを離しても、ダーッ!と速度が上がって行く習性にも慣れなきゃなりません。
軽いだけあって小気味良くキビキビと走ってくれるのはいいんですが、
ややもすると制動が効かなくなる点にだけは注意して走ろうと思っています。
そんな新人研修中のKeiクン、皆さまよろしくお願い致します!

ところで、乗り換えてみてから気付いたことがひとつ。
娘の子供である孫のポンタ、父親が授けた名前が京寿(けいじゅ)なのですが
このリア・エンブレムに一文字加えようかと思案中なのであります(笑)




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2013年1月13日

幸せのお裾分け


サムズ・アップに於けるウエディング・パーティー、
大勢の方たちが駆けつけ大賑わいでありました。
キャパの大きな店なんですが、外タレのライブ並みの動員数。
ほとんどの方が立ち飲み立ち食い、なおかつ超満員の状態で
二人の門出を盛大に祝う光景はとても素敵に思えました。
今までに幾人ものミュージシャンがこの店でウエディング・パーティーを開きましたが
今回は友人であるが故の感動と喜びが入り混じり、心から祝福できた気がします。
幸せのお裾分けを戴いたみたいな、そんないい夜でした。
子供好きのボーマス&レイナ、次はベイビーの誕生だね!
朗報を待ってるよ!!

パーティーが終わり、数人の仲間と横浜駅近くの店で飲み直すうちに
(予想した通り)終電を逃してしまった私は
これまた予想した通り、二次会を催していた東白楽の店へと向い
雪混じりの冷たい雨が降りしきる朝に帰宅したのでありました。

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2013年1月12日

別れの日、祝いの日


4年間ご苦労さま、ありがとね。
仕事場のある鶴見の駐車場で声を掛けてあげました。
急に明日が休日となったため、今日が最後のドライブとなってしまったのです。
車重1t、フルタイム4WDのテリオスキッドくんは
660CCの非力なエンジンながら、頑張って走ってくれたんですからね。

この手の車、パジェロ・ミニ~ジムニー~テリオスキッドと3台乗り継いで来ましたが
一番乗り心地が良く、4速ATながらもリッター11.5Kmの燃費は立派な数字だと思います。
(16インチタイヤのジムニーは10Km走りませんでした)
ちょっと名残惜しいのですが、明日からはスズキのKeiに乗り換えです。

振り返ると、思い出の多い車です。
4年前の3月中旬、登録が済んで納車直前になってから私は左眼を患い緊急手術で入院。
退院後の4月になってから娘婿に運転させて引き取りに行って来たものの
リハビリが長引き自分でハンドルを握れるようになったのは5月になった頃でした。

そして一昨年の車検(前述の理由から登録日は3月12日だったのです)
10日にディーラーに預け、12日までの点検整備を依頼したのですが
何と、預けた翌日にあの大震災が起きてしまいました。
何事も無かったかのように、無事12日に車は帰って来ましたが
ガソリンを入れようかと13日になってからスタンドへ行ってみると
何じゃこりゃあー!!と驚くばかりに、給油を待つ長い長い行列が続いておりました。
よく見ると、いかにもふだん乗ってなさそうな乗用車が一番多く
不思議なことにプリウスなど、明らかに燃費の良い車ばかりが目立ちます。
国道沿いの大きなスタンドには700mから最大1Kmくらいの距離を車が並ぶこともあり
その中でじっと順番を待つ運送会社のトラックを目にしたりすると
人間の浅ましさに無性に腹が立ったことを覚えています。

なので私はガス欠寸前に陥りながら、ただの一度も並びませんでした。
すると神様って奴は気まぐれなご褒美をくれるもので
たまたま通り掛った(売り切れで)休業中のスタンドの前で信号待ちをしていると
「入荷しましたー!どうぞー!」って、いきなり営業再開するもんですから
私、ひょいっと入ってお腹を空かせたテリオスキッドを満タンにすることが出来ました。
油製品が欠乏したオイルショックもリアルに経験してますけど、
あの震災後のガソリンと水の買占め騒動は何だったんでしょうね。


そんな波乱に満ちた4年間を、共に過ごした車との別れは感慨深いものがあります。
旧くてガタの来た体ですが、どうか次の御主人様にも可愛がってもらえますようにと
そう祈るばかりです。

明日は午後から車を入れ替え、夜に横浜へ向かいます。
五十にしてゴールインする、あの男を祝福するために。

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2013年1月11日

とーふ



京都の男前豆腐店て面白いですよね。
食べたことが無いので味の方は全く分からないんですけど
昔どこかで見つけた前掛けをデザインしたミニ・ポシェットを
今でも私の部屋に飾ってあります。
お店のサイトもなかなかのものです。
http://otokomae.jp/index.html

その男前豆腐店から「チョッパー豆腐」なるスイーツが新発売されるとか。
ワンピース、とりわけチョッパー好きの私ですから、これはちょっと気になるニュース。


豆腐200グラムの他、黒蜜30グラムときな粉10グラム付きで198円。
1月20日から北海道地区を除く全国のスーパーで販売開始とか。
西友へ買いに行かなくっちゃ!!

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2013年1月10日

故きを温ね、新しきを知る


アマゾンで見かけたCarter Family: 1927-34
この全126曲5枚組、ショッピングカートに入れてしまいそうです。
近頃この辺りにどうしても目が行ってしまうんですが、
原点回帰なのか歳のせいなのか・・


A.P.カーターとオートハープのサラ、それにGibsonのL-5を掻き鳴らすメイベル、
後にカーター・ファミリー・ピッキングと呼ばれるようになった彼女たちの奏法が
一体どれほど沢山のミュージシャンに影響を与えたか計り知れないものがありますし、
歌に於いてもゴスペルをベースにした古きアメリカの「チャンプルー感」が
喰わず嫌いで勉強不足だった私には、今とても心地好く聴こえて来るのです。
まさに温故知新なり。



The Carter Family - Wildwood Flower

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2013年1月9日

乗り換えと履き替え


必要書類を持参して、乗り換えが現実的になってきました。
今回のグレードダウンは果たして吉と出るのか、やや心細い反面
円安と原油高からじわじわと値上がりを続けるガソリンの価格を目にすると
やはり低燃費の車を選択するのが得策かとは思います。

自動車保険もついでに乗り換え。
ここ数年、NETで外資系の保険会社を転々として来ましたが
この度は東京海上グループのイーデザイン損保にしようかと思ってます。
数社と見比べてみましたが圧倒的に安い!
TV CMはあまり好きじゃないんですが、保険料が安いのは魅力です。
インターネット割引の1万円が更新時にも適用されるというのは他社に無いサービスなので
口コミを参考にしながら6月の満了時までに検討してみます。

ちなみに現在契約中ののアクサ・ダイレクト、
車が変わった場合の継続手続きがNETで出来ないというのは不便ですね。
アメリカン・ホーム・ダイレクトの時は乗り換え予定日を入力して
そのままNETで契約内容の変更が可能だったんですけどねぇ。
明日「電話」で連絡することにします。


今ちょっと悩んでいるのはこれ。
諸々浮いた分でお釣りが来るほどに安いスタッドレス&アルミのセット。
ピレリーのタイヤにZEPHYRのアルミが付いて4本¥32800!
165/70R14という、適合車種の多いタイヤサイズだと安いもんですね、
テリオスキッドの175/80R15と比べると半額以下ですもの。
(これを見ただけでも、グレードダウンは正解かなあ)

この冬の安心安全のために、注文をクリックするかどうか思案中なのですが
・・ケチな貧乏爺さんは悩むのでした。

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2013年1月8日

14番目の月


明日は休日なのであります。
先日、鶴の一声に感動して即決して来たKeiの登録手続きのため
出張所で住民票を取ってからこのマークシートを販売店に持参する予定です。
これを提出した後、テリオスキッドはKeiに私の愛車の座を譲ることになるわけで
ここ最近は車に乗る度、やや感慨に浸る時間が増えてしまいました。
(だって、4年間5万Kmの思い出が詰まってるんですからね~)

子供たちがまだ幼かった頃に車を買い替えた折、
ディーラーが納車に来て、それまでの旧い車を持ち帰る段になると
それを見ていた娘が別れを惜しんで泣き出したことを思い出してしまいました。
あれは確か、赤い車から白い車に乗り換えた時。
子供は赤が好きなのが理由かも知れませんけどね。
走り去る車の後姿を見送りながら、クーちゃんクーちゃんと、何度も呟いてました。
(クーちゃんは子供たちが名付けたその車の愛称です)
あれから20数年も経った今、もう泣かれることはないでしょうけど
私は愛馬と別れる主人の心境、ポンポンと叩いて労をねぎらってあげようと思います。

さて、暦と天気予報を見比べながら納車の日程を考えなくては。
過去に通算で13回ほど乗り換えてますけど(数えてみるとずいぶん多いな)
そのいずれも納車日(自分で取りに行って乗って帰って来た日も多々あり)は晴天でした。
14番目の今回も、このジンクスだけは守りきらねば・・



脈絡は無いのですが、語呂合わせでユーミンの「14番目の月」


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2013年1月7日

七草粥を食して思う


大河ドラマ「八重の桜」初回の録画を見終えました。
N局には欠かせない役者さんたちが勢揃いしてる辺りに
意気込みを感じさせるいい感じのスタートです。
前作とは異なり、重厚さを避けて娯楽性を主とした構成には好感が持てます。
(画面が汚らしいと不評を買った平清盛も私は好きでしたけどね)
けれど何と言っても、幕末から明治の時代を背景にしたドラマは面白いです。
人も歴史もダイナミックに動いてましたからね!
来週以降が楽しみになります。

ちなみに山本家の顔ぶれ、いいですね~
父親の山本権八役の松重豊、母親佐久の風吹ジュン、そして兄覚馬役の西島秀俊、
朝ドラっぽくて軽いノリの家族関係が大河らしくないところも面白く感じました。
だってこの面々を見ていると(綾瀬はるかを含め)皆がボケ役なんですもの。
肩の凝らない大河も時には良いものです。


夜、七草粥を頂きました。
正しくは朝に食べるものらしいですけど、我が家は毎年晩ご飯として食卓に出ます。
一年の無病息災を祈りつつ、年が明けてからもう七日が過ぎたんだと思う間もなく
ハタと気がつくと2月3月になってしまってる、日常とはそんなことの繰り返しです。
代わり映えのしない毎日だなどと、時の流れが早すぎると憂うことなく
しかし私は日々を一所懸命に生きているのだと思うようにしています。
平凡な暮らしの中にも、小さな変化や新しい発見が必ずあるのですから。
要はそれに気付くか気付かないか、なのです。

そんな「かずら的日常」、本年もお付き合いのほど宜しくお願い致します。

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2013年1月6日

ならぬことはならぬのです


会津のジャンヌダルク、山本八重を描いた大河ドラマ「八重の桜」が始まりました。
幕末から明治にかけての、その激動の時代のうねりは私を惹き付けます。

「ならぬことはならぬのです」
天下の悪妻と呼ばれながらも不義に生きることのなかった豪放な人生。
戊辰戦争の際は男髪男装で自らスペンサー銃を持って戦ったそうです。
そんな闘士の87歳の生涯、綾瀬はるかがどう演じきるのか楽しみになります。

けれど今夜は仕事で帰宅が遅くなった私、
時間が無いので録画を観るのは明日にしました。ちょっと残念。
でも、腰を据えてじっくりと楽しみたいですからね。


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2013年1月5日

縁起物

年明けの2日から三日間お勤めして、今日は待ちに待った今年最初の休日。
どうやってグダグダしようかなあ~
まだ巷には正月の雰囲気が残ってるのかなあ~などと
前の晩は呑気にそんなこと考えてましたけど、目覚めてみると「普通の」休日でした。
けれどひとつだけ御用ができて外出、行き先は中古自動車の販売店です。

今の私の車、4年前にそのお店で購入したH14年のテリオス・キッドなんですが
あと二ヶ月ちょっとで車検を迎えるのと、年末に9万Kmを超えてしまったのと
決して安くは買えない175/80R15という中途半端なタイヤの交換時期なのと、
タイミング・ベルトも替えなきゃならない等々の諸事情から予算に頭を痛めていたのです。
サクッと全部やってしまうと、およそ15万以上の費用が必要になりますからね。
うーん、困ったなあ・・と思いながら久しぶりにその店のサイトを開いてみると
スズキのKei、H11年のワインレッドが格安で売りに出てるじゃありませんか。
しかも車検は来年9月まで残っているし、これは上手く行けばトントンで納まるのでは?
おまけにメンテ費用の15万ほどが浮いてしまうのでは!?

しかしながら、愛車であるテリオス・キッドは軽とは言え車重1tのRVなので
堅牢なボディに加え高級感と安心感のある重厚な作りですから
はっきり言ってこの買い替えはかなりのグレードダウンとなってしまいます。
けれどもケチな上に愛着をものともしない薄情な貧乏爺さんは
差額0円の期待に胸を膨らませながらその店へと向かったのでありました。


・・世の中は甘いものじゃありません。皮算用は見事に外れ、
このH11年のチープな車に替えるにしても10万弱の追金が必要と査定されました。
前回と同じ営業担当者(かなり親切でサービス満点)を訪ねて行ったというのに
最初に示された条件はかなり厳しく、頑張っても追金7万くらいまでと聞かされて
試乗までしたものの「じゃあ今回は無かったことに・・」と、半ば諦めかけたその時
ふだんは寡黙で商売っ気の無い社長が(失礼)営業の傍に歩み寄りボソッと一言。
そして私に「前回もこちらでお買い上げ頂いたんですよね?」と、声を掛け
再び営業にボソッと何かを伝えた瞬間、その営業マンが驚いたように目を丸くしたのです。
な、なんと、私の条件であった諸費用全て込みで0円が
社長の(鶴の)一声でまかり通ってしまったのでした。これにはびっくり仰天!
追金7万円が消え去ってしまったんですもの(驚)
社長曰く「再び足を運んで頂いたお客さんに数万程度のことで帰られたくないですから」
ひえーっ!商売の神様みたいなお言葉!!
これはまさしく縁起物、御神籤で末吉を引き当てたことを忘れてしまいそうです。
感動した私、家族に相談もせずその場で契約して参りました。
いやあ、いいお店です。

そんなわけで、リアにスペアタイヤをぶら下げた重量級のRVとはおさらばです。
内装も含め「本来の軽らしい」庶民的な車に中旬頃から乗り換えます。
キーレスも無く、ドアミラーは手で畳まないといけない車になってしまいましたが
車重は200Kg以上軽くなりますし、リッター15Kmくらい走ってくれれば
フルタイム四駆のテリオス・キッドよりも燃費は1.5倍ほど向上します。
このサイズ(165/70R14)ならタイヤも半額位で替えられますからお財布にも優しいんです。
14年落ちですけど走行わずか4万5千Km、浮いた分でアルミ買っちゃおうかしら。

末娘に写真を見せると「カーズのマックイーンみたいで可愛い」と言ってました。
確かに顔つきだけは似てるかも(笑)
赤が好きなポンタも、これなら喜んでくれることでしょうな。

*

2013年1月4日

英才教育


ドラムとパーカッションをこなすミュージシャンを父親に持つポンタ、
母親はプロにはなれなかったが(そこそこの)サックス吹きだ。
そしてその祖父である私は歌を唄う。
この系譜を見る限り、ポンタが音楽に目覚めないわけはないと
勝手にそう思い込んでいるのは、たぶん私だけではなく家族全員なのであろう。

クリスマスに本格的なハンマーアクション構造を備えたミニピアノをプレゼントした。
すると間もなく、手の届く場所に置いておくと嬉しそうに鍵盤を叩く。
父親は何かしらの期待を込めてドラムスティックを彼に授けた。
初めのうちは振り回すだけだったが、やがてスナップの利いた右手で叩き始めた。
バシバシバシバシと、4~5拍を満面の笑みを浮かべながら連続して叩く。
それを見ているとリズム勘は良さそうだし、どうやら素質がありそうなのだ。

そこで爺さんは考えた。キッズ・ドラムを買い与えよう!
娘の家で音を出せるかどうかは別として、幼いうちから慣れ親しむことが肝心だ。
成田の某格安ネットショップで探してみると、お手軽なセットが見つかった。
ZENN ( ゼン ) / DJK30
スタンドやシンバルにペダルと椅子まで付いたジュニアドラムキットが¥12800!
音の善し悪しには目を瞑り、玩具代わりとしてなら申し分ないのではなかろうか。

今、本気でこれを買おうかと思っている。
ある意味、英才教育の何物でもない。

*

2013年1月3日

猫になりたい

ちょっとがっかり。

期待と不安が交錯する中、いつもより少しだけ早めに家を出たんですが
東神奈川の辺りで15号線に出てみると、群衆もまばらでぽっかあーん。
ラジオで先頭の位置を確認すると、まだ保土ヶ谷を走っているじゃありませんか。
北からの強い風の影響か、ややペースが遅かったようですね。
昨晩Blogに書いてしまったものですから、応援メッセージまで戴いたというのに
皆さま、ご期待に添えず申し訳ありませんでした。

そんなわけで、トップランナーとの併走も叶わず
ススイのスイ~ッと市街地を走り抜けた私の車、なんとお昼前に仕事場へ着いてしまい
車の中でiPhone片手に時間を潰す羽目となってしまいました。お粗末!

ああ、ふと吠えたくなってしまいます。
正月くらい、うだうだぐだぐだしていたーーーい!!と。
何も想わず何も考えず、喰っちゃあゴロリ。飲んじゃあウトウト。
そんな正月を味わってみたいものです。

いいんです、正月の三が日で3Kgくらい太ったとしても。
一年の内で思いっきりだらしなくしてても許されるのは、この期間しか無いんですから。
布団から這い出たスエット姿のまま、ボッサボサの頭で煙草を咥え
朝から酒を飲みながら箱根駅伝を観て、時折声を上げながらその感動に酔いしれる。
世界で一番ダメなオヤジの典型的な姿で、そんな正月を過ごすのが私の夢ですなあ。。


私は猫になりたい。

そう呟くのは、猫に対して失礼かも知れませんが
争い事とは無縁の飼い猫の日常を目にする度に
そう思ってしまうのです。

*

2013年1月2日

それは私です。


今年の箱根駅伝往路、すごい展開になりましたね。
毎年思うんですけど、もしも正月の三が日がお休みだったなら
私、間違いなくずっとTVで観戦しちゃうでしょうね。釘付け状態で。
壮絶な戦いと息を呑むような瞬間のドラマ、
これは生で観てなきゃ絶対に伝わって来ませんもの。
長い距離をひたすら「個」で走るマラソンとは違い
襷を繋ぐってところに、日本的な味わいと文化を感じてしまいます。
今では正月の風物詩となった感の駅伝、ファンが多いことも頷けます。

さて、明日は復路。勝敗を決するランナーたちは
お昼ちょっと前くらいに横浜駅を通過して15号線を東京へと向かいます。
実はその時間帯、私が車で仕事場へと車を走らせている頃合で
一時的に通行止めとなる15号線で毎回先頭ランナーと重なってしまうのです。
それも毎回、通行が遮断される直前か合間に(何故か)入れてもらえちゃうもんで
先頭集団を応援するため小旗を持った大勢の市民が沿道を埋め尽くすその前を
スイスイスイ~ッと空っぽの広い国道を走り抜けることになってしまうのでして
これは何だか気まずいやら申し訳ないやら恥ずかしいやら、なのです。
何年か前には、他の車が1台も走ってない伽藍とした15号線を進んで行くと
(もちろん沿道は何重にもなった黒山の人だかりです)
その先に白バイと中継車の間に挟まれた先頭ランナーが目に入り
「こ、これは私が抜き去って良いものなのか?」と、いったんは減速したものの
制止も注意も何もなかったのと気恥ずかしさから一気に抜き去った経験があります。
想像してみてください、片側3車線の広い道を私の車が1台だけ走ってるんですよ。
そんな光景、あなただったらどうします?(笑)

沿道で応援される方、TVで観戦される方、本当に申し訳ありません。
「なんだ?あの一般車は!?」
そう感じた視線の先に黒い軽のRVが見えたなら、それは私です。
皆さまの邪魔にだけはならぬよう心がけますので
もしも今年もランナーと被ることがありましたら、どうかどうかお許しください。

*

2013年1月1日

ごあいさつ


新年明けましておめでとうございます。
穏やかな元日を迎え、この一年が良き年であってほしいと心から願っております。
「かずら的日常」を日々ご愛読頂いている皆さま、本年も宜しくお願い致します。



大晦日の夕方から猫二匹に留守番を頼み、
ポンタと一緒に年越しをするため末娘の家に出掛けました。
後になって気付きましたが、実は私、自宅以外の場所で年を越したことがありません。
何度お誘い頂いても、カウントダウン・ライブに参加したことは一度も無かったですし
お店に顔を出して飲んだことも未だかつて全くありませんでした。
ですからこれは、60年の生涯の中で初めての経験だったわけです。
皆でTVを観ながら新年を迎えた瞬間、やはり何かしらの違和感はありましたが
娘の家ということで、さほどの気遣いはせずに済んだのが何よりですし、
明けて今日は長男一家もやって来て、家族全員が元日に一堂に会す光景は
父親として祖父として、賑やかで実に楽しいものでありました。


午後から皆で近所の杉山神社へ初詣に出掛け、一年の無病息災を願いましたが
考えてみると、こんなに大勢で初詣をしたのも初めてでした。
いいもんです、親子三代が連なって、のんびりと歩きながら神社へ赴くのは。
結構な山坂でしたけど、それが苦にならないほど穏やかな元日の陽射しには
感謝すると共に、この幸せが永遠であることを祈らずには居られませんでした。

そうそう、やがて年も明けようかという大晦日の夜に
昨年40年ぶりに再会を果たしたものの、母親の最期を看取り
痴呆の始まった父親を介護するため田舎に帰ってしまった友人から
およそ半年ぶりくらいに電話があり、声を聞くことができました。
張りのある声と口調で、元気そうな様子が伝わって来たことも嬉しい出来事でした。
今月の中旬過ぎに自身の孫たちと会うためこちらにやって来るそうです。
また一緒に飲まなきゃ!

2013年、良き年となりますように。


*