2016年10月18日

能書き



さしたる思い入れなどなく
これが欲しかったというわけでもありませんけど
昨日から僕の部屋で一緒に暮らすことになりました。
MORRIS W-35、1980年前後の合板モデルです。

ライブではいつもGibson J-45を使用してますが
マホガニ―の乾いた音だけじゃなく
ちょっとだけ艶が欲しくなることが度々あったのです。
なので、新たにロ―ズウッドを戦力に加えるべく
あれこれ物色していた矢先に「出くわした」わけでして・・

休日の夕刻、ふらりと近所のハ―ドオフに立ち寄ると
アコ―スティックのコ―ナ―が拡張されてました。
その数30本ほど、以前の倍くらいはあったでしょうか。
その中に、縦ロゴが目を引くこの娘が居たのです。
しかも(超と言っていいほどの)お買い得な値札を首からぶら下げ
並み居る同時代のヤマハやキャッツ・アイの中にあって
個性的な存在感を露わにしておりました。

程度が良いことも一目瞭然でしたが
いくら安くても衝動買いだけは避けなければ・・
妙に「大人」な抑制が働いて、その場を後にしました。
以前の僕なら、即行でレジに向かっていたでしょうけどね。

それから二晩、ネットであれこれ調べてみたり
一時期手元にあったW-100Dのことを思い出してみたりしながら
明日、行ってみて売れた後だったなら縁が無かったということだろう。
さほど熱くもならないまま、そう思って床に就きました。

ご参考まで・・
これがW-100Dというモデルでして、指板にインレイが施され
バックがハカランダとメイプルの3ピ―ス構成で
見た目通りジャキジャキの硬質な音が好きになれず手放しました。


そして翌日、
まだそのまま残ってました。
店員さんに声を掛け、手に取って試奏。
低域がちょっとだけブ―ミ―で中域が張り出したこの感じ、
懐かしき70年代の「合板の音」でした。
けれどヤマハのFGほどは高域がギラつかず、
キャッツ・アイの低価格モデルよりは音に芯があります。
これは僕が狙っていたロ―ズの音、そのものですし
愛用しているJ-45に色気と艶を加えたような好印象でした。

しかも蒲鉾型のネックの厚みがツボ!
細くて厚みのあるネック、これが僕の理想形なのですが
この形状はたぶん80年代くらいまでで、以降はどこのメ―カ―も
どんどん薄くなって行ったように思えます。
ゆえに、近年モデルには好みに合った物が無かったのです。

左手のグリップ感とテンション、申し分ありません。
手に馴染みます。
古い個体ではあっても、幸いなことにネックはフラット。
捻じれも全く無いので音に狂いも出ません。
安心してレジへと向かいました。


この時代の国内生産モデル、職人さんの仕事は実に丁寧ですね。
フレットは綺麗に正確に打ち込まれ
近年モデルに多く見受けられるバリも全く有りませんし、
ネックのバインディングも角を丸く落として、とても滑らかに仕上げられています。
(僕がバインディングされたネックが嫌いだったのはそこに原因があるわけで
これくらい丁寧に仕上げてあるなら全く気になりません)

ブレイシングも実に綺麗、匠の技です。
指でなぞると滑らかで、ささくれ立った箇所など微塵もありません。
今どきの、板材も仕上げも悪い粗悪な海外製単板モデルとは比較にならぬほど
当時の職人気質の凄腕に魅了されてます。

合板を侮るなかれ!僕の持論でありますし
しっかりと丁寧に作りさえすれば、単板にも負けやしないのです。

人生で二度目となるMORRISとの出会い、長々と書き綴ってしまいましたが
これから各部の調整やらパ―ツの交換やら、気になる箇所は幾つかありますもので
皆さまと会って頂くのは少々先になることかと思います。
アリスとタイアップして一世を風靡したMORRIS、
それを携えて歌うのは気恥ずかしいんですけどね・・(笑)

能書き、でした。

*

2016年10月14日

喧騒



一夜明け・・
受賞を祝うネット上の賑わいをよそに
当の本人はコメントもせず口を噤んだままのご様子。
授賞式には来てもらえるのかしらと
スウェ―デンアカデミ―はさぞかし気を揉んでおられることでしょうな。
いやはや、そんなところもディランらしい。

歌詞、これは文学なのか?
賛否両論の見解も熱を帯びているようです。
ディランの歌と詩は一体なのだから
切り離して捉えてほしくないというファンの声も聞かれます。

テレビのニュ―スは
街頭インタビュ―やら、ファンが集うお店やらの
通り一遍で(胡散臭さを漂わせた)コメントばかりが繰り返されて
見てるこちらは、ただただこそばゆくなるばかり。

なんだか
敢えてディランが語ろうとしない気持ちがわかるような・・

僕はというと、
ちょっと離れたところから
幾分冷めた目で見ています。

松本隆や阿久悠の詩にも
その情景描写や心象風景には
文学と呼べる言葉の世界がありましたから
ディランがノ―ベル文学賞を受賞したことに
違和感はありませんし、異を唱えることもありません。
歌詞としての言葉の綴れ織りが認められたことは
むしろ嬉しい限りです。

けど、なぜ今なの?

韻を踏む、という手法は
多くのミュ―ジシャンの歌やトラッドにも見受けられますから
彼がその先駆けだったとは言えない筈です。

なぜ、ディランなの?

たとえば今まで縁のなかった方々がこのニュ―スを知って
話題性や物珍しさでアルバムや書物を買い漁るような光景や
旧タイトルが品切れになるくらい売れに売れて
嬉しい悲鳴を上げるレコ―ド会社の喧騒ぶりとかは
見たくもないですし聞きたくもないです。

難解すぎて、クソみたいに思っていたであろう長い詩を
抒情に満ちた素晴らしい世界だ!などと
手の平を返したような口ぶりで褒め称える言葉も聞きたくないのです。

僕(ら)のディランを
そっとしておいてください。

彼自身も
そう思っているのかもしれませんね。


*

2016年10月8日

64年目の「初めの一歩」



自らを祝うバ―スデ―ライブから一夜明け
本日8日、64歳の朝を清々しく迎えました。
ライブに駆けつけてくれた皆さん
SNSを通じてお祝いの言葉を贈って頂いた大勢の皆さん、
嬉しいです。心から感謝しています。
この幸せな気持ちを活力源として
僕はこの先も歌い続けて行くことでしょう。
ありがとう。
そう何度言ったとしても、言い足りない気分です。

昨夜のライブはサプライズで始まりました。
顔馴染みの方々に加え、数年来音信が途絶えていた方々までもが
全くと言っていいほど「あの頃のまま」の、変わらぬ笑顔でやって来たのです。

国道沿いのドアを開けて
今夜も君がやって来る
排気ガスの臭い纏って
笑顔の君がやって来る

今は亡き1号線沿いに在ったNO BORDERという店のことを書いた
僕の歌の通りの光景が目の前に現れたのですから
これにはほんと驚きましたし、とても嬉しいことでした。

プレゼントの葉巻を携えて福島からやって来たハマキ。
僕の大好きなパブロックバンド(ファンとも言える)クックハウスの鈴木クン夫妻。
そしてベ―スのキラ―も合流して、ビトちゃんとの共通の友人でもあることから
昔話に花が咲き、鈴木クンの毒舌ぶりを懐かしく耳にしながら
僕のテンションは急激に上昇してしまったのでありました。

もはや抑えの効かない少年状態。
これほど舞い上がってしまうと、歌いながらあれこれ思い出してしまうんです。
当時のあんなこんなを思い浮かべて心地好く歌っていると・・
案の定、歌詞が飛びました!(笑)
悪い癖です、お客さまに申し訳なく思っております。

先行のビトちゃんを聴きながら
いいねえ〜と、鈴木クンと二人で頷き合いました。
彼、すっかり己のソウルな世界を築き上げたようです。
これが若さ!(47歳ですけどね)
そして多くの場数を踏んできたライブア―ティストの姿だと思います。
心底、惚れ直しました。次回が楽しみです。

そして、もうおひと方からのサプライズ。
なんと、このBlogの読者さんが相模原から来てくださったのです。
もちろん面識などあるわけも無く、ビトちゃんの知り合いかしら?
なあんて思いながらご挨拶してみたら・・
以前一度だけコメントしたことのある方だと言うではありませんか。
これにはびっくり!とても嬉しい出来事でした。
拙い文章ではあっても、長く続けてみるもんですね。
日常と非日常は紙一重、実感しました。

とにもかくにも、
いい夜でした。いいライブでした。
もっとたくさんの方々に観てほしかった、聴いてほしかった、
そう思ってしまうのは贅沢かもしれませんけど
同じ星の下に生まれた道産子の二人、
噛めば噛むほどいい味がしてくるのですから。

昨日、ふと思いました。
ビトちゃんも僕も、ずいぶんと丸くなったものです。
尖ったところが微塵も感じられないほど
何もかも受け入れてしまうようになった気がしますもん。

降りかかる災いや試練を
そのまま受け入れちまえよ

「134号線の夕陽」
https://www.youtube.com/watch?v=_MZRXmieGCs



(写真と動画は、少女の純粋さと下町のオカンの逞しさを併せ持つ池内光子さん提供)

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2016年10月6日

始まりの日



かずら的日常、スタ―トしてから10年以上は経つだろうか。
この拙い文章のBlogを愛読してくださる人が
思いのほか大勢いらっしゃるそうだが、
ここ最近は休眠状態となってしまったことが
そんな方々に申し訳なく思える日々。
ちょっとした出来事や心境を書き記すには
今やFacebookの方が便利で簡単だからである。
とは言え、
二ヶ月以上も放置していたことには罪悪感を抱いてしまう。

明日は毎年恒例のバ―スデ―ライブの日。
先月のライブ以来(これまた放置してあった)
J-45を磨き上げ、弦を張り替えた。
しばらく雨や曇りの日が多かったせいなのか
なんだか夏場以上に音がウエットな気がする。
あのパリッと乾いた音色は、何処へ行ってしまったのだろう。
ちょっと困ってる。

思えば、
三十数年のブランクを経て
再び歌い始めてから12年ほどが過ぎてしまった。
熱くなりすぎたり、急激に冷め切ってしまったりを繰り返しながら
おかげさまで今でも歌わせて頂いている。
ありがたいことだ。

その歌い始めた頃に作った曲で
今では封印してしまった感の歌が幾つかある。
妙に説教っぽかったり、時が経つと気恥ずかしく思えたりするような
そんな言葉が歌詞に見受けられるものたちだ。

その中のひとつを、今の自分に置き換えながら歌ってみた。
すんなりと、何のてらいもなく歌えた。
10年を過ぎると、受け止め方が全く違っているようだ。
・・驚き。
急遽、明日のセットリストに加えようかと目論んでいる。
(歌詞を飛ばさなきゃいいんだけどね)

そんなわけで、明日(日付変わって本日)のお知らせ。
僕にとっては一年の締め括り、
そして次の一年の始まりの日。
そう思えるのさ。


「かずら&ビト生誕祭」
10月7日(金)OPEN 19:00 START 20:00 投げ銭
出演:かずら元年、ビト

B.C.B.G. 横浜市神奈川区西神奈川3-17-10 小柴ビル1F
TEL 045-633-4655
東急東横線東白楽駅徒歩2分
http://www.geocities.jp/noborderyokohama/bcbg/

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