2015年11月26日

ツレヅレ



僕の田舎、北海道の帯広市は
冬の凍て付くような寒さは毎年の事ながら
日本海側に比べると積雪量は少ない地域だ。
けれど今年は、まだ11月だというのに
30Cmほどの積雪を観測したらしい。

僕の実家の玄関から表通りまでの10数メートルを
68歳になる姉が雪掻きに勤しむ。
積もっては掻き、積もっては掻き
どこの家も高齢者ばかりだから同じような状況であろうが
どれほど大変な作業であるかがよく解る。

これから雪との戦いが始まる北国の長く厳しい冬の日常、
その煩わしい生活に、たぶん僕はもう戻れないだろうな。

戦いと言えば
戦争の仕掛け人たちが、あちこちで蠢き始めた。
巧妙に、国際社会を煽り、正義を唱えながら。
テレビの映像とネットを駆使して
仕掛け人たちは民衆に正当性を洗脳することに余念がない。
何が正しいかではなく、何が悪かを訴える。
戦争を始めるためには、その「悪」を際立たせるという
愚かな人間共の古からの手法である。
敵を明確に作り上げたことによって生じる群集心理とは
一直線に突き進む、とてもとても恐ろしいものなのだ。

・・などと言いながらも
呑気にハードオフの餌箱を漁っていた自分が情けない。
百円でフーターズの2ndアルバムを見つけてほくそ笑む、
それが庶民の、ありのままの姿でもあるのだがね。

So What!(それがどうした)


*

2015年11月17日

明日なき世界



11月15日、P.F.Sloanが70歳の生涯を閉じた。
数々の名曲を残して逝った彼を偲びながら
未だに何も変わっちゃいない世界を憂いている。

「明日なき世界」
僕が初めてこの曲を耳にしたのは
往年のTV番組、ヤング720(セブン・ツー・オー)であり
早朝から生で演奏するコーナーに出演した高石友也が
バックにジャックスを従えて歌ったときだった。
高校に入りたての頃だったろうか。

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅の前夜だなんて嘘だろ

このリフが、強烈に突き刺さってきたことを
白黒の画面と一緒に今でもよく覚えている。

あれから50年ほど経ったけれど
世界は何も変わっちゃいないどころか
ますます危うくなってきている。

破滅の前夜は
永遠に続くのだろうか。



https://www.youtube.com/watch?v=YTQhBLDZ24g

東の空が燃えてるぜ
大砲の弾が破裂してるぜ
おまえは殺しの出来る年齢(とし)
でも
選挙権もまだ持たされちゃいねえ
鉄砲かついで得意になって
これじゃ世界中が死人の山さ

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅するなんて嘘だろ
嘘だろ

感じねえかよ この嫌な感じを
一度くらいは TVで見ただろ
ボタンが押されりゃそれで終りさ
逃げ出す暇もありゃしねえ
見ろよ
そこの若いのよく見てみろよ
びくびくするのも 当たり前さ

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅するなんて嘘だろ
嘘だろ

奴らは俺がおかしいと言う
でも
本当のことは曲げられやしねえ
政治家はいつもゴマカシばかり
法律で真実は隠せやしねえ
そりゃ デモをするだけで
平和が来るなんて
甘い夢などみちゃいねえさ

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅するなんて嘘だろ
嘘だろ

狂ってきたこの世は騒がしいぜこんなとこからは逃げるに限る
一週間ほど宇宙旅行に
でも戻って来る場所はもとの故郷
進軍ラッパが闇の中にひびく
潜水艦がジェット機が
国を取り巻く

でもよォー 何度でも何度でも
おいらに言ってくれよ
世界が破滅するなんて嘘だろ
嘘だろ


*音源と歌詞は高石友也の訳詩に手を加えた清志郎バージョン。


2015年11月14日

その先にあるもの



もはや、相対して向き合うような
そんな解り易い戦いではなくなった。
日常の風景の、いったい何処に敵が潜んでいるのか
それがわからないだけに、防ぎようが無いとも言える。

デマや挑発、陰謀や罠。
戦争は、それを求める愚かな者たちの手によって
いとも簡単に始まってしまうものだ。

売られた喧嘩は買わねばならぬ。
国民感情を煽りながら
正義の名の下に戦争は始まる。
いつの時代もそうだ。

そして誰が利益を得るかというと
巨額の受注が舞い込む武器商人たちであり
それは特需となって国が潤う仕組みなのだ。

大国は
一般市民を巻き込むテロを憎み
小国は
一般市民を巻き込む空爆を恨む。

報復の連鎖。
やられたらやり返す
この繰り返しは永久に終わることが無い。

ましてや現代は、国と国との戦いではないところが
状況を更に複雑なものにしている。
たとえ一国を制圧したとしても
その禍根は世界中の同胞たちに飛び火して
それが再び燃え上がり
更に勢いを増して爆発する。

はっきり言おう。
テロは、防ぎようが無い。
それを憎悪した先にある「報復」という手段だけだ。



今日、アマゾンはホームページのトップにフランス国旗を掲げた。
「団結」を意味するフランス語「Solidarite」が添えられている。
単に哀悼の意だけではなく、テロに屈しない姿勢を打ち出したものだろう。
さすが、大国アメリカを背負って立つ企業である。

さて、義を重んじるニッポンは
連合国の一員として、この先どんな道を選ぶのか。
見えない敵の連中は、その動向を窺っている。

その先にあるものが
途轍もなく怖い。

*

2015年11月12日

鎖国



なあんか
みんなが苛々してて機嫌が悪い。

忙しいのはあんただけじゃないんだよ
と、言いたくなるくらい
せかせかと早口で捲くし立てる連中ばかり。

そんな輩に限って
ちゃんとした日本語を話せない。
いや、そもそも協調性の欠片も無い人たちだから
自分の言いたいことしか口にせず
人の話には耳も貸さないときたもんだ。

何もかもが自分のペースで
その波長を他人に同化させようとするのは
横暴すぎる気がするよ。

「個」が世界の中心にあって
それを取り巻く全ての物事が
自分に都合の良いように動くわけなど無いのにさ。
現代人は思い違いも甚だしい。

災いや試練を受け入れるという姿勢も無く
心が鎖国状態のニッポン国民よ、
もうちょっと
大らかに生きることはできないもんかね。

身の丈に合った
そんな暮らしの中でなきゃ
人を思いやることだって出来やしないんだから。

*

2015年11月10日

また一人・・



夜になってから
アラン・トゥーサンがツアー中に亡くなったというニュースがネットに流れ
嗚呼また一人、偉大なるミュージッシャンが逝ってしまわれたのかと
少々落胆している次第です。

誰もがその年月と共に年老いて行くわけですから
こんな日を迎えるのは至極当然のことなんでしょうけど
数十年前のアルバムを聴いている限り
スピーカーの向こう側に居る者は
何も変わることなく、平然と「今」を生きているかのように
スピーカーのこちら側の者を錯覚させるのです。

そして或る日
生き死にという超現実的な出来事を目の当たりにして
うろたえてしまうのかも知れません。

ライブという鮮烈な印象を植え付けるステージがあったとしても
生き様としてのアルバムが永久に残るミュージッシャンにとっては
「表舞台」なんて、存在しないような気になるのもこんな時です。

仮に目の前から姿を消してしまったとしても
その後の動向が全く掴めなくなったとしても
スピーカーの向こう側には、いつも居てくれるわけですから
舞台に立つか立たないかなんて、関係ないんです。

・・と

いつもそう思いながら
先人たちを何人も見送ってきました。

けど
やはり、寂しいもんです。

*

2015年11月9日

悩ましい・・



バンダイのプラモって、やはり凄いね。
ガンダムで培われた技術力は素晴らしいものがある。
このC-3POも、実に精巧に出来ている。

小学生の孫二人へのプレゼントに
今年はスターウォーズから選んでみようと思い
アマゾンで色々物色してたら自分が欲しくなってしまったわ(笑)


R2-D2とR5-D4のセットも
1/12のスケールながら細部までよく作り上げてある。
部品点数が多いけど、あやつらに組み立てられるだろうか。
ガンダムよりは上級者向けのようだが・・


1/72のXウイング・ファイターレジスタンス仕様も素晴らしい。
なんでも、前作とは違う新たな型を起こしたそうな。
バンダイの拘りように感服!

うーん、
あたしのものにしちゃおうかしら。

悩ましい・・

*

2015年11月5日

お口の恋人



深夜に
ウィスキーを呑みながら
ロッテのラミーチョコを食べているのだと
そう呟いたら思わぬ反響があった。
この懐かしいラム・レーズンの味が
好きな人は多いらしい。

僕がラミーやバッカスを初めて口にしたのは
確か中学か高校の頃だった筈だ。
そんなに歴史のあるチョコだったということなのか?

調べてみた。
何とラミーは1965年、
コニャックを贅沢に使った姉妹品バッカスは
その前年、1964年の誕生らしい。
つまり、今年は生誕50周年ということになる。

すごいね。
しかも、中のお酒が溶け出さないよう
秋冬にしか販売しないという拘りよう。
さすが、お口の恋人と言わしめる哲学を感じさせる。

ちなみに
オリジナルはこんなパッケージだった。


僕はこの方が好き。
出してくれないかな、復刻版。



そして、今夜も僕は
その恋人と呼ばれる冷えた体を
口に放り込んでいちゃついている。


*

2015年11月3日

虎馬(とらうま)



FBからお知らせが来る「過去の思い出を振り返ってみましょう」というやつ。
3年ほど前の(今日の)些細な出来事を書き込んだだけの物であっても
それがいきなり目の前に現れると、何だか新鮮に感じられるから不思議。
いいもんですよね、あれは。

今日は3年前に他界したアナログ・プレーヤーのことを思い出させてくれました。
友人から譲り受け、長らく愛用していたクオーツロックのテクニクス製フルオートが
深夜にレコードを再生中、突然回転が止まってしまい息を引き取ったのです。

あれは驚きました。
再生中なのですから、いきなりウオォォォ~ンとピッチと回転数が下がって行き
いったい何が起こったのか、すぐには理解できずうろたえましたもの。

完成度の高い、良い製品だったので残念でなりませんし
次なるプレーヤーを(安価で)物色せねばならず
突然の出来事に、その夜は途方に暮れたものです。

けれど数日後、現在愛用しているDENONのターンテーブルを
ハードオフにて破格のプライスで入手できたわけですから
出逢いと別れの関係は、うまく作用していたと言えるようです。

で・・


テクニクスが急逝したとき、
ターンテーブルに乗っていたのがこのアルバムでして
それがトラウマとなり、以来掛けることが出来ずにいるのです。

CBSが日本コロムビアからリリースされていた当時のオムニバス盤で
帯のタイトルといい、ジャケットデザインといい
くっさいことこの上ない代物ではありますが、
このラインナップは何だかワクワクさせてくれると思いませんか?


見開きのジャケット内側がこれですよ。
ペラなCDでは味わえない「時代」の息吹が伝わって来るじゃありませんか。

発売当時は見向きもしなかった(くっさい)オムニバス盤、
けれど今はこの手のアルバムが楽しくて仕方ありません。

あとは・・

あの忌まわしい出来事を乗り越えて
これをターンテーブルに乗せられる日が待ち遠しい。。(笑)

*

2015年11月2日

教訓、冬はいきなりやって来る



さっぶい一日でした。
朝のゴミ出しに外へ出たときは大粒の雨、おまけに北風。
再び布団に潜り込んだものの、起きてみたらやっぱり寒い。
いきなり冬がやって来ちまいました。

今日ほどではなかったものの
土曜に催された長男の倅二人が通う小学校の運動会、
曇天に北風と、これまたさっぶい一日でありました。
指先の感覚が無くなる、いわゆる「かじかむ」なんて症状は
ずーっと昔の少年期以来だった気がします。
(歳を取ると血行が悪くなるのもその要因か?)
そんな冷たい風の中でも、皆でほおばるお弁当の時間は楽しいものです。
二人とも、頑張ってましたよ。

実は土日月と、三連休を取っていまして
土曜は運動会、明けて日曜はハロウィン最終日のDL、
そして月曜はお疲れ休みと、完璧なスケジュールでした。
しかしながら、月曜のDL来場者数の予測7万人!
おそらく入場規制もあるであろう混雑を考えると
長い距離をスタスタ歩けない婆さんには
駐車場から入口までへも辿り付けないであろうという結論に至り、
前日の運動会の観戦で体力を消耗していることもあって
爺さん婆さんは次回に見送り、子供たちだけで行ってもらうことにしたのです。

正解でした。
若い連中も、その子供たちも
疲れ果て、ヘロヘロで帰って来ましたもの。
夜間の首都高が工事で一部通行止めとなっていたらしく
帰路は渋滞も激しかったそうで、
僕がハンドルを握ることがなかったのは幸いでしょう。
間違いなく居眠りしますもん!(危)

そんなわけで、日曜と月曜は家でウダウダ。
昨日のBlogに記したように、近所へ買い物に出掛けたくらいです。
冬の寒さに打ちひしがれ、月曜の今日も家で縮み上がってましたから
娘の家にも行かず仕舞いの爺さん婆さんでしたけど
双子の姉妹はこんなだったみたいです。


見事なシンクロ具合ですな!!(笑)

*

2015年11月1日

ハイにならなくっちゃね!



ふらりと立ち寄る近所のハードオフ。
運が良ければ思わぬ掘り出し物が見つかることもある。
けれど、この店ではアナログ盤はジャンク品扱い。
なので管理は悪く、餌箱の中でぐちゃぐちゃになっていることの方が多い。
たとえ500円とか800円で売られていたとしても、所詮はジャンクなのだから
アホらしいので僕は百円の物しか手を出さないようにしている。

入荷したての小奇麗なジャケットが並んでいたので
今日はその中から5枚ほど百円のアルバムを買って来た。
帰宅して針を通していると、以前に購入したまま
一度も再生してなかったビージーズのことを思い出したので
「メロディ・フェア」聴きたさにターンテーブルに乗せてみた。

僕は元来、ポリドールの日本プレス盤の音が好きではなく
(独特の篭った音質で高域にキレが無く、分離の悪い物が多い)
このアルバムもどうせそうなんだろうと、音には期待してなかったのだが
聴いてびっくり、この時代の代物としては音圧も十分にあって
僕が知り得るポリドール盤の中ではレンジも広い方だろう。

これなら許せる。
楽しくなって両面全てを聴いてしまった。
いずれにしても、この時代のビージーズはいいね。
ブリティッシュ感がぷんぷんしてる。
フーやキンクス、ストーンズなどにも共通する
アコギのジャキジャキした質感の音がたまらなく好きだ。


それはそうと、
スタイラスクリーナーってやつは
どうしてこんなにたくさん入ってるんだろうね?
いくら容量の少ない小瓶だからといっても
時折針先を磨くだけなら、おそらく一生掛けても使い切らない。
たぶん成分は無水アルコールなんだろうから
あちこちの端子を磨くのに使ってもいいんだろうけどさ。
瓶をひっ倒して零さない限り、絶対に減らないと思うけど
今も昔も、目薬ほどの大そうな量が瓶に詰まってる。


話は飛んで、
西友にハイニッカが並んでいたので買ってみた。
初号復刻版の限定販売後、レギュラーとして9月から登場した模様。

さすが二級のハイエンド、口当たりが滑らかだ。
けれど安いブラックニッカに慣れてしまった僕の口には上品すぎる味で
やはりガツーンと来るブラックニッカの方が合っているようだ。

ちなみにハイニッカの「Hi」は
64年当時に隆盛したHi-Fiオーディオから拝借したようで
「高品質」を訴えたネーミングだったそうな。

いつの時代も
ハイにならなくっちゃね!

*