五年前、僕はダイハツのテリオスキッドに乗っていて
鶴ヶ峰に在る代理店、岩崎自動車へ車検をお願いした。
二泊三日の工程なので代車を借り、その車を預けたのが10日の午後。
翌日はライブを予定していた。
11日の午後、ライブに備えて自宅でリハーサル中に
経験したことも無いほどの長い横揺れに襲われる。
十勝沖地震を筆頭に、何度かの大きな揺れを体験してきた僕にとっても
あの日の揺れ方は尋常ではなかった。
棚にセットしてあったモニタースピーカーが目の前に転げ落ち
僕はベッドに避難したまま呆然と家が軋む音を聞いていたのだ。
しばらくしてテレビに映し出された三陸の光景は
ハリウッド映画のワンシーンじゃないかと思えてしまうほど
精巧に作られたCGかミニチュアのように見え
現実として受け入れるまでにかなり時間が掛かったことを覚えている。
電車も止まり、車も無いのでライブは中止にしてもらった。
仮に車で行ったとしても、渋滞で身動きが取れなかったことだろう。
いや、それ以前に僕が歌える状態ではなかった。
正直ビビッていたのだ。
報道という名の下に
リアルタイムで茶の間に送られて来るメディアの映像が
途轍もなく恐ろしいものに感じられたのもこのときだった。
当たり前の日常が、静かな山村の営みが
目の前で破壊されて行く光景ほど怖いことがこの世にあるだろうか。
冷静でいられるわけが無い。
翌日、自動車屋へ電話してみると
(予想に反して)整備は滞りなく終わっていた。
車を引き取り、家までの道を走る黄昏時の
ふだんと変わらぬ街の風景が印象に残っている。
静かだ。
けれどその翌日、街は豹変していた。
仕事場へ向うため車を走らせると
近くのガソリンスタンドに長蛇の列が出来ていたのだ。
道路に沿って300メートルほど、いやもっとか?
見通しの良い道なのに最後尾が見えやしないほどの車の列。
首都圏のコンビナートの火災の影響から
ガソリンが不足するという噂が一気に広まった結果である。
深刻な被害を被った避難民など居る筈もない横浜で、だ。
しかもそこに並んでいるのは殆どが一般家庭の乗用車。
見るからに乗る機会も少なそうな車と運転者ばかりだった。
それは鶴見の仕事場までの間の、どのスタンドでも同じ光景で
信号(交差点)を幾つも挟んで延々と車列が続いていたのだ。
その内の何台かはガス欠が切迫している運送業の車だったが、
他はどれも乗用車ばかりで、低燃費のハイブリッド車も沢山並んでいた。
まるでハイエナじゃないか!僕は吐き気に襲われた。
物が不足したり、物流が滞ったりした時の
必要ないほどの買い溜め買占めは、たぶんこの先も変わらないだろう。
あれから五年、わずか五年。
ビビッたチキンではあっても、僕の怒りは消えてない。
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