2021年10月10日

「16センチの神様」第一章

 









ロクハン、私らの世代は16Cm(6.5インチ)フルレンジ・シングルコーンのユニットをそう呼んでいた。その代表格として70年代初頭に君臨したのがダイヤトーン創世記の三菱P-610やパイオニアPE-16、コーラルのFLAT-6などである。低域が出ない4インチ(10Cm)と、高域の伸びが足りない8インチ(20Cm)の間に位置するそのサイズによって、さほど音量を上げなくても低域から高域までバランス良く鳴ることから、当時のオーディオ愛好家の間で重宝されていた時期がある。けれど私の場合、疑り深い性格とも相まって、わずか16Cmの小径ユニットからまともな音など出る筈がないと、現在に至るまでただの一度も音を聴く機会は無かった。ところが・・である。

事の始まりは暇を持て余しながら開いたメルカリ、そのわずか数時間前に出品されたスピーカーに目が留まった。東芝の16Cmフルレンジを松下製の小型エンクロージャーに組み込み、容積不足なのでバスレフポートを追加したという何やら怪しい一品。画像を見ると、確かにユニットサイズに比して箱が小さすぎる。けれど何となく惹かれてしまう、色気を感じる顔つきだったのだ。おまけに送料込みで5千円を切っている、案外これはいいかもしれないぞ。ポチろうか否か・・数分間悩む。いや待てよ、ちょっとだけ確認してからにしよう。(この作者は出品する度にその製品の音をYouTubeにUPしていたので開いてみると・・)球のアンプで鳴り始めたその音は、おそらくスマホで収録されていると思われるためレンジが狭く、こりゃあ参考にならないなと諦めかけたのだが、やたらスネアの抜けと質感が良いことに気付く。全体的に乾き気味の音は、軽いコーン紙のレスポンスの良さなのか小気味いいほどだ。念の為、同じ作者が出品していたビクター製のアルニコのロクハンの音も聴いてみると(こちらは1万円を超えている)音に艶はあっても音像が引っ込み気味で活力に乏しい。よし、安いしスネアの抜け加減と歯切れの良さで東芝に決めよう!と相成りポチった次第である。

とは言っても期待を裏切られる顛末だけは恥、私の音に対するプライドと感性が地に落ちることだけは絶対に許されない。あからさまに容積不足とわかる小さな箱に収められた名もなきロクハンは期待した通りに鳴ってくれるのか?その実証のため、手元に届くまでの時間がどれほど長く感じられたことか。そして遂に、ポチッた翌々日(時間指定が出来ないから使いたくないJPの)ゆうゆうメルカリ便で届いたその品は、極めて軽々しく薄い板材で作られたエンクロージャーに収められていた。こ、こんなんで大丈夫なのかあ!?不安が過ったことは言うまでもない。(次章へ続く)


*追記*
製作者の過去の出品を見てみると、同じような作品が数多くあり、そのどれもが面白おかしい物ばかりだった。一般的な自作スピーカーシステムは計算から始まり、板材やサイズ、ユニットなどを厳密にチョイスするものなのだが、そこに欠落しているのが音楽の楽しみ方なのだと思う。マニアを自称する多くの者は、周波数特性や巷の評価ばかりを優先してしまう傾向が今も昔もある中で、今回知り得たこの作者は(私と同じように)感覚だけで作り上げてしまうという、ある意味いい加減で雑な作業を良しとしているところに好感を抱く。仮にそれがジャンク部品の寄せ集めだったとしても、その先をイメージできる感性が成せる技なのだと思えるほどに、的を得た結果を生み出しているからだ。何事も既成概念に捕らわれない姿勢、忘れかけていたこの感覚を思い出させてくれたのも、このジャンキーなロクハンだったのだ。

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