2011年8月6日

ヒロシマの日

NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」を観ていた。
8月6日未明、テニアン島を飛び立った不審なB29の情報を参謀本部が察知していながら
空襲警報も迎撃命令も出さないまま原爆を投下されるに至った謎は深まるばかりだ。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/110806.html

いつもと変わらぬ静かな朝を迎えた街が、閃光と共に一瞬にして廃墟と化し
軍人として守るべき国民を救うことができなかった無念さへの
暗号無線を傍受していた情報部員や、迎撃部隊のパイロットたちの憤りが痛々しい。

番組後半、特殊任務を担ったB29が飛来することを上層部が事前に知っていたという事実を
66年経った今になって初めて聞かされたそのパイロットはこう呟いた。
「これがこの国の姿なんですかね?今も変わってないとしたら大変なことです」

大本営は嘘で固めた情報しか国民に与えなかった。
知識人はともかく、多くの国民は踊らされ真実を知らされないまま翻弄された。
果たして今はどうなのか。正確な情報は開示されているのか。
原発事故を巡る一連の報道や記者会見に、我々が知らされるべき真実はあったと言えるのか。
大本営と原子力安全保安院の姿がダブリ、年老いたパイロットの言葉が重く圧し掛かっている。
戦後66年、この国の本質は何も変わっていない。
守るべきは国民ではなく、責任を問われないよう己の保身に奔走しているだけなのだ。



ここからは幼少の私事に変わるが・・
九州の大村に在った本土防空の戦闘航空隊のパイロットだったという前述の彼は
「当時、私は紫電改に乗っていた」と口にした。
懐かしい名前を耳にしたのでちょっと脱線する。


高度1万メートルまで上昇できる紫電改は、B29の迎撃用に開発された戦闘機だ。
その戦闘能力は(あまりにも有名な)ゼロ戦を遥かに凌ぐもので
短命には終わったけれど、いわゆる名機と呼べる優秀な機体だったのだ。
幼い頃から人とはちょっと違った所に目を向けていた私にとっては
ポピュラーすぎるゼロ戦よりも、この紫電改や隼のバタ臭さが好きだった。
(当時の子供たちの多くは戦闘機や戦車が好きなだけで、戦争を賛美したわけではない)
この紫電改を知るきっかけとなったのが、ちばてつやの「紫電改のタカ」だった。


1963年から少年マガジンに連載された戦記漫画である。
戦争という魔物に翻弄されながら、苦悩する若きパイロットの姿に心打たれ
その彼が操縦する紫電改の雄姿にも、どこか憂いが感じられ
同級生は誰も読んでいなかったという地味な内容ながらも、私はずっと愛読していた。
これの前に連載されていた、同じくちばてつや作の「誓いの魔球」も地味だったけれど
私は小学校の2年生くらいから、彼の作品と少年マガジンのファンだったのだ。
大ブレイクした「あしたのジョー」以前にも、ちばてつやの名作はあるのだよ。

などと、ややオタクっぽい話題で本日の後半は〆(笑)


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