2011年8月1日

G繋がり

昨日の六角橋でのイベントは、主催者の意向から集合時間がやたらと早かったので
前夜の7周年記念パーティー明けにも関わらず、眠い目を擦りながら
ぼおーっとした頭のままで10時半にはギターを担いで家を出た。
如何にO型とは言え、どんな場合でも決められた時間より早く現地に到着するのが
私なりの誠実さだと信じ込んでいるので、普段は避けてる急行にまで乗ってしまった。

・・当然のことながら、早く着き過ぎた。
ひとつ前の東白楽の駅で降り、道端の自販機で缶コーヒーを買い一服しながら時間を潰し
その後できるだけゆっくりと歩いてはみたが、それでも時計の針はさほど進まず
結局は10分も早く店のドアを開ける羽目になってしまった。
追い出されることにはならなかったからいいんだけどね、早く行き過ぎるのもバツが悪いものさ。
ふてぶてしく一度くらいは言ってみたいものだ。
「いやあ~待たせちゃったみたいで悪かったねぇ~」と。(笑)

イベント自体は17時で終了、伽藍とした店内で数人だけのささやかな打ち上げ雑談会。
その後店主二人と共に近くの馴染みの居酒屋へ「一杯だけ」の約束で移動。
約束通り二人は「一杯だけ」でそそくさと引き上げたのだが、
計画性の無い私は居残り、入れ替わり立ち代り訪れる客と言葉を交わしながら
結局は明け方の3時過ぎまでその店にダラダラと居座ってしまった。
悪い癖で、約束の時間は守れたとしても、帰りの時間は定まった例が無いのだ。
あの街に16時間も居たのは私の新記録、それでも飽きることがないくらい
六角橋に集まる人間たちは面白く、みんな素敵な匂いを放っている。
深夜のその店に時折現れる、私が今一番好きな女性カントリー・シンガーの生歌を
前回に続きこの日も聴くことが出来たのも何かのご縁。
聞き惚れて終電に間に合わなくなったのは彼女の(妖艶な)歌のせいだが、
タダで幸せな心地にさせてくれるあの声であれば、それは善しとするしかないだろう。
いやあ、それにしてもいい色艶だ。まさにトラディッショナルな声!
更け行く夜に響き渡っていたなあ。。



お呼びが掛かった夏祭り的な各所のイベントもひと通り終わり、
ワンステージをフルに歌うライブは暫くの間お休みさせて頂くことにする。
目下の処、毎年恒例10月8日のバースデーライブまでの間はね。
流されてしまわないように、少しだけ充電しなきゃならないのと
新たに加わったGUILDクンと親密な関係を構築したい気分なもんでね。


或る時期から私にとってGibsonは、かずら元年の代名詞でもあった。
ホームページやBlogなどでも、J-50や45を手にしたトップ画像がそれを物語っている。
ストロークが殆どである自分には、ビートを刻むためにも都合の良い音だ。
けれど条件によっては全く鳴ってくれないと云う、際どさともどかしさも背中合わせで
太くてザックリとした音で鳴ってくれる相方を捜し求めながら紆余曲折する中で
GUILDの(さほど人気が無いエントリーモデル)DV-4と出逢った。
Gibsonに似たマホガニーのウッディな響きを持ちながら圧倒的な音量を放つギターだ。
Gのロー・コードのベース音が大好きな私にとって、かなり理想に近い音を出してくれる。
そう、私は根っからの「G」好きなのだ。
元年という名前も「G」の響きの良さから来ているし、GibsonもGから始まる。
なのでGUILDに惹かれたのも「G繋がり」としてはごく自然な流れなのである。
ただ単にビートを刻むだけとは言え、こちらの思惑通りの表現が出来るようになるまでは
こいつといい関係を保つためにも、少々の時間が必要になったわけなのだ。

実はGUILDを持つのは初めてではない。
D-25というアーチド・バックの90年頃のモデルを過去に持っていて
2008年に焙り家で収録された歴史的名盤「Mud Trick Acoustic Fight !」にも使われていたのだが
それを敢えて手放して、現行のメキシコ工場製のDV-4に替えてしまった。
何故ならば、DV-4の方が予想に反して古典的なGUILDらしい鳴り方をしてくれたから。
ブロンズ弦が気持ち好く鳴ってくれるのが嬉しかった。

とあるショップに委託で出していたD-25が、ようやく売れてくれたようで今日入金があった。
これでひと区切りついたわけで、心の中の何かが吹っ切れた気がする。
「相棒」と気安く呼べるようになるまで、お互いをもっと分かり合わなきゃな。
そのために費やす時間は決して無駄じゃないと、そう思うんだ。
「G」は私の体の一部、なんだからね。


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