2014年7月2日

We shall overcome




体制と反体制
機動隊とデモ隊の衝突
飛び交う火炎瓶と催涙弾

60年代に自分が見てきた
そんな騒乱の時代が過ぎ
この国は平穏を取り戻したかのように
大きく豊かになって行った。

声高にイデオロギーを叫ぶ者
マルクスやレーニンを崇拝する者たちも
いつの間にか居なくなってしまった。

挫折と逃避
虚無感に満ちた言葉の響きだけが
枯葉と一緒に街路を覆っていたような
そんな遠い昔の記憶が蘇るとき
今でも何故か泣き出しそうになる。

その50数年前に覚えた感覚が
まさか現代になってから再び体感することになるとは
思ってもいなかったのである。

涙は、喜びや悲しみだけのものではない。
そこはかとない怒りが込み上げたとき
それがある種の感動を伴って流れ落ちることもあるのだ。

その感動とは
思いを同じくした膨大な数の群衆の波である。
その巨大な波が空気を震わせ、魂を揺さぶってくる。

強大な力で人民の声を押し潰そうとする国家権力と
生身の体で対峙して正義を貫く理由は一体何処にあるのか
明確にそれが伝わって来た瞬間に
僕はボロボロと一目を憚らず泣いたのだ。

そんな遠い昔の出来事が
今また繰り返され
誤った方向へとこの国は進もうとしている。
抗議の声と数万の群衆を目にして
やはり僕は泣いてしまうのだった。

We shall overcome

60年代のあの日
この曲を皆で歌ったときも泣いていた。
それは今でも変わらず
この曲を聴く度に泣けてしまうのだ。


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