2014年6月30日

責任者不在の国家


専守防衛を掲げて自衛隊が発足したのは1954年7月1日。
明日はその60周年という記念すべき日だそうで
期せずして同じ年に生まれたのが安倍晋三だったというのも
偶然を通り越して因縁めいたものを感じてしまう。


今夜、首相官邸前には4万人もの人が溢れた。
一触即発の緊張が続く世界の紛争地域で
日本が引き金を引いてしまうことを恐れる国民の声だ。

明日からは合法的に戦争に加担できることになるなんて
憲法九条の歯止めは何処へ行った?
法律で認められていない事を行使できるなんて
いったい何のための憲法なんだ?

この国が戦後一貫して拒み続けた武力行使が解禁となったからには
諸外国に対して我が国が戦闘可能であることを宣言したことになる。
赤い某国は危険な挑発をエスカレートするだろうし
また或る国は前線の露払いとして、都合良く利用するのだろうが
その「最前線」に立つのは命令を下した者ではない。
若者たちを戦場へと送り込むのは
弾丸も砲弾も飛んで来ない机上で論議する馬鹿者どもだ。

YESもNOも明確に言えない国家が
ひとたび引き金を引いてしまえば
ただそれだけで白か黒か、赤か青かが明確になる。
もう今までのように言葉を濁したり言い逃れなど出来やしないのさ。

責任者不在の国家が集団的自衛権を行使して
その後始末と責任はいったい誰が負うというのだろう。
「私が責任を持って!」と、今まで何度も聞かされたが
その場凌ぎだけであって、そもそも責任を取れるような者などこの国には居ない。
それが空恐ろしいのだ。

こうして六月は終わって行く。

*

2014年6月28日

高騰



およそ1ヶ月ぶりの仕事場へ向うため
久しぶりに1号線を走ってみました。
土曜だというのに幾つか工事箇所があり
すいすい~っと走れなかったことが想定外。

走っていて驚いたのは街のスタンドの価格。
セルフの最安値で159円でしたが、ほとんどの店が160円超え。
僕が利用している産業道路沿いのスタンドは何と165円まで上がっていました。
車を日常的に使う者にとって、これは痛いです。
ニュースで見掛けたとは言うものの、実際に目にすると驚いてしまいます。
(なんたって、娑婆から1ヶ月遠ざかってましたから浦島太郎状態ですもんね)

消費税が上がった途端に追い討ちをかけるような原油価格の高騰。
庶民の懐直撃、こりゃいかんです。
税収でウホウホ喜んでないで何とかしてくださいよ、永田町のオヤジども。
公用車のガソリン代だって、あたしらの税金ですぜ。

嗚呼、テーネンピー!の車が欲しい。

ちなみに最安値のスタンドはNo Borderのすぐ近く、ガーデン下の信号の角。
次回からここで給油することにします。
そのNo Border、今夜は盛り上がってたんだろうなあ・・

*

2014年6月27日

いずれまた何処かで


まだ100%の体調ではありませんが
世の中から忘れられないよう、明日から社会復帰する予定です。
僕の場合、完治までは二ヶ月かかるということですから
術後一ヶ月が経過した今頃がちょうど良いのかも知れません。
惜しむらくは・・
快気祝いの一杯を堪能することが出来ないまま出陣することであり
娑婆に戻る前に旨い酒を飲めなかったことが極めて残念であります。
治療の一環として、ある状況に進展するまで酒は止められているのでして
通常は術後2~3週間でその兆しがあるらしいのですが
僕に関して言えば、全くそこまで至ってないどころか
月曜の診察では患部の不具合から簡単な処置を加えられたくらいです。
(これがちょっとばかり強烈で、三日ほど鈍痛が残ってしまいました)
いずれにしても・・
冷たいビールが限りなく旨い季節、
早く飲ませろ!!と、乾いた喉が訴えております。

とは言っても退院してからの2週間、
静養という名の贅沢な時間だけは天の恵みでした。
散歩や昼寝の合間を縫ってアナログ盤の手入れや楽器のメンテ、
はたまたパソコンのパフォーマンスを改善するための作業など
暇を持て余していなければ出来ないような事柄の多くを終えられたのは助かりました。
(ただ、そのせいで若干の引き篭もり状態に陥ってはいますが・・)笑

今日は長期休養の最後として古くからの相棒、J-45のメンテを施し
まだまだメインで使えるという感触を得るに至りました。
Epiphoneに浮気していたことが戒められたような気がします。


いつ使ってくれるのさ?そう問い掛けられたのですが、
とりあえずは酒が飲めるようになるまで待ってくれと言い聞かせました。
腐ってもGibson、長らく仕舞い込まれていた彼女のそんな主張を感じてしまいます。
次のライブにはこの娘を連れて行きましょう。

ところがひとつ残念なニュースが。
僕のホームとも言える反町のNO BORDERが今月いっぱいで閉店することに。
実際には別の場所で新たにオープンするらしいのですが
1号線沿いの(あの)古びた佇まいが無くなってしまうのは
復帰後の8年ほどお世話になった僕としてはとても悲しいことです。
想い出がぼろぼろになるくらい、いっぱい詰まっていますからね。


明日と明後日の土日はファイナルとして飲み会が催されるらしく
ゆかりのミュージシャンが大勢集まり大変な賑わいになることでしょう。
僕もその一人ではありますが、諸事情から今回は顔を出せないのが悔しいところ。
ボーマス、不義理で申し訳ありません。

この歳になってしまうと、様々な別れを経験したせいなのか
去り行くものたちを平然と(冷静に)見送るようになりました。
感情の泉が枯渇したのでは?と言われそうですけど、
いやいや、じきにまた会えるだろうさという
楽観的な気持ちが支配するようになったのです。
「いずれまた何処かで」
確約の無い、そんな出会いを期待することの方が
無計画で人生を放浪する僕には楽しく生きられそうですからね。
これもまた「ごきげんよう、さようなら」の語り口に似ています。
みんな、また会おうね!

アンチウイルスを動作の軽さと検出力の高さに定評のあるソフトに替え
旧いパソコンが生まれ変わったかのようにサクサクと作動する
そんな環境に改善されたデスクからのBlog更新でした。
このフリーソフト、優秀です。

*

2014年6月23日

おあずけ



何事も計画通りには行かないものです。
それが悪巧みともなると、余計にそうなのかも知れませんね。

退院後二度目の診察。
術後からはセーフティゾーンの三週間を経過した今日でしたから
経過良好であったこともあり、てっきり全てが許されるものだと思っていたのです。

今夜のBlogは、およそ一ヶ月ぶりに飲む缶ビールの味を書き記す。
朝からそう決めていたのは皮算用に終わり
診察した医者からは「もう少し辛抱なさい」と、意外な言葉を掛けられた次第。
(朝、冷蔵庫を開けてみるとカミさんがビールを冷やしていてくれたというのに・・です。)

それどころか、患部に少々の不具合が露見して
処置室に移された僕はズシンと重い痛みを抱えたまま帰宅することになってしまいました。
そう、ヒリヒリとかチクチクとかではなくて
ケツに不快感を覚えるほどの、何とも表現し難い鈍痛です。
これはちょっとキツかった。
まな板の上で体が硬直して血圧が上がるのが自分でもわかったくらいでしたからね。

予定していた明後日からの社会復帰に黄色信号です。
明日の様子を見ながら決めることにしましょう。
痛みや出血があるようなら車もNGなので。

ああ・・イメージだけが先走り、
晩酌を楽しみにしていた脳味噌をリセットするのはとても困難なことでありまして
ひたすら喉が「ビールを流し込め」と、無情にも僕に訴えかけています。

また今夜も、水でごめんね。


欲望を掻き消すために何かしなくちゃ。
食後、以前から気になっていたヘッドシェルとトーンアームの関係を考察。
ジョイント部がしっくり行ってなかったので重量級のオーディオクラフト製に替えてみました。

これ、コネクト部分のロックピンが上下に2本あるゴツイ構造で
アームに隙間無くがっちり結合するように作られているんです。
(通常の)上部に1本だけピンがあるタイプだと
締め付けた際にヘッドシェルが微妙に上向きとなり
アームとのジョイント下部に僅かな隙間が生じ易くなってしまうわけでして
この隙間というかガタというかが、カートリッジの微弱な信号に影響を与えるのです。

ま、わかる人にだけわかって頂けたらいいだけの薀蓄ですけど。

上方向への傾きが改善され、この作戦は好結果でした。
若干ですが、音も締まった気がします。
ただ、酒が飲めない悔しさを紛らわす為だけだったとしたなら
そんな虚しいことはありませんけどね。

喉の渇きが癒えない夜です。

*

2014年6月21日

グッバイ・イエロー・ブリック・ロード



宇宙の旅から帰って参りました。
大気圏再突入の衝撃で、顔が歪んでしまったようですが
あと数日で元通りの清々しい面立ちに戻ることでしょう。

帰還してからの自宅での静養は、
毎日暇を持て余すようなとても贅沢な時間を過ごし
おもむろに出掛ける散歩だけが唯一の楽しみとなりました。

とは言え、体が心配なので遠くまでは行けず
この機会に足を運びたい場所も数々あったのですが
ネット上で娑婆の様子を窺うだけの日々となってしまったことが残念です。

おまけに・・
医者に言われた通り、禁酒は未だに続けているもので
仮に何処かへ顔を出せたとしても
一緒に飲めない苦痛に苛まれるのは嫌ですからね。

あともう少しの辛抱です。
月曜に二度目の診察を受け、問題が無ければ飲ませて頂きます。
そして地球の重力にも慣れてきたことですから
週の半ばくらいには社会復帰しようかと思っているのですが
果たしてその行く末がどうなりますことやら。


昨日は遊歩道をのんびりと歩き
衰えた足の筋力を取り戻すかのようにハードオフまで行ってみました。
レコード棚が整理され品数が激減していたのが悔しい気分。
百円のお得な洋盤はほとんど買い漁られてしまったようです。

手ぶらで帰るのも癪に障るのでエルトン・ジョンの米MCA盤を買ってしまいました。
「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」
国内盤だとジャケットのイラストの色合いがボケてしまっているので
これはやはり米国盤に軍配が上がるのです。



値段は¥300、2枚組なのですが
ジャケットの構造上、おそらく1枚物と勘違いしてるのでしょう。
この店ではよくあることです。
(困ったことに、どうやらプライスは徐々に¥300へと移行している模様)

前回パスしたアーネスト・タブが残っていたので
ついでにこれも買って帰りました。
元々が廉価盤ですけど、百円ならまあいいでしょう。


帰宅してから、この店で購入したアルバム全ての値札シールを剥がしました。
なんたってレコード盤はジャンク扱いですから
ジャケットの表に容赦なくシールが貼られているのです。

その数およそ30数枚、根気良く爪の先でシールを剥がし
残った糊はギターの指板メンテに使うオレンジオイルで落とすという作業でして
時間がたっぷりとある今じゃなければ決して出来ない「内職」なのです。


結果、ジャンク品が見違えるほどの顔立ちとなり
肩は凝りましたけど、その出来栄えに満足した夕暮れ時でありました。

グッバイ・イエロー・ブリック・ロード、
邦題では「黄昏のレンガ路」と訳されていましたが
実際には煌びやかな芸能界を揶揄した内容です。
僕はと言えば、その邦題のように
黄昏のレンガ路を後にしなければならない頃なのですよね。

ああ・・一杯やりたい。