2013年10月3日

風来郷



南南西の風 風力1で
海を渡り山を越えて
名前も知らない遠い島から
流れ着いた歌を詠おう

ほっぺたにぺたんと貼り付いた
花びらがとても君に似合うのさ
風来郷

燦々と降る午后の日差しが
君を素早く虜にするんだ
悪戯な眼で微笑いかけてる
けどもうそこは行き止まりなのさ

道端のペテン師が
出鱈目な世界地図を広げ
陽気に歌ってる
風来郷

緑の風が髪を揺らして
頬を撫でて行くよ
小川の辺 鳥は歌うよ
風来郷

だんだんと僕は少年みたいに
川沿いの道を鉄橋目指す
線路の脇に腰を下ろして
レールに耳を当ててみたんだ

地べたにぺたんと座り込めば
鎮守の森はつむじ風が不意に起る
風来郷



「風来郷」 かずら元年

*

2013年10月2日

虹の彼方へ


虹を見ました。
仕事場の屋上駐車場から
ふと見上げると、東の空に大きなアーチが。

いつ以来なのか思い出せないくらい
いや、そんなことはどうでもいいくらい
暫くの間見つめていました。

あいにくと青空のバックではなく
灰色の雲を背にしていたため
写真に収めることは諦めたんですが
それでも肉眼ではくっきりと見えてました。

思わず童心に返ってしまいますね。
たぶん瞳をキラキラさせながら見てたんだと思います。
不意に目に飛び込んで来たとき、胸が高鳴りましたもの。

夢の世界のようだった、その空を思い出しながら
虹の彼方へ・・



*

2013年10月1日

しんしんしん



そりゃ追い風の昨今ですから
やるなら今とばかり、強気にも出られるってぇもんでしょうな。

きっちりと、消費税率上げちまいましたよ。
それも計算の厄介な8%、電卓が手放せません。

なになに?
企業が潤って
新たな雇用を生み出して
しかも給料が上がるんですって!?
へえ~この先バラ色じゃありませんか。

・・誰も信用してませんけどね。
呆れて怒りも湧きません。
国民は冷めてますよ。

暮らしに重く圧し掛かる3%の増税分、
あたしら庶民はその穴埋めをどこでどうしたら良いのでしょう。
買い物や出費を減らすしか手は無いわけですから
庶民レベルでの景気が悪くなっちまうことだけは明らかです。

住宅や高額商品は増税前の駆け込み需要で
年明けから3月まではウハウハの好景気となるんでしょうけど
その後はねぇ・・

閑古鳥って、どんな声で啼くのかしら。
しんしんしん?



*

2013年9月30日



病気も嗜好も、流行りモノには乗りたくないので
敢えてここでは「あまロス」などという軽々しい流行語は使わないでおこう。
否、使いたくない。言われたくない。一緒にされたくない。
みたいな、子供じみたアンチテーゼで自分を覆い尽くす。

けれど月曜の今朝、
そのぽっかり空いた時間を埋められなかったのは事実だ。
困惑と少々の気まずさが入り乱れ、朝の時間を持て余す。
宮藤官九郎、この男にしてやられたわけである。

彼の作り出す朝ドラは、月曜から土曜まで毎日発刊のコミック(漫画)であり
映像の中に吹き出しが付いていそうな台詞や表情、身のこなし
そしてスピーディーな場の展開など、決して片手間に観られるものではなかった。
常に集中して対峙する様は、まさにマンガ本と向き合う人間の姿だったのだ。

週刊、月刊、隔月刊など、紙媒体の漫画であれば
次を楽しみにしながらも幾ばくかの冷ます時間を与えてくれる。
ところが毎朝15分、濃厚な「続き」が自宅のテレビに送られて来るのだから
これは即ち「日刊」の漫画、手を止め画面に釘付けとなるのも無理はない。
事実、古田新太はラジオ番組でこう言っている。
「毎回手渡された台本を読みながらゲラゲラ笑い、
そして翌週分が待ち遠しくなる。まるで少年ジャンプを読んでるみたいだった」と。

強烈なキャラクターが揃った北三陸編から始まり、
やがて東京編へと移行すると、両方の暮らしぶりや話題が同時進行するという
この手法にもまんまと引きずり込まれてしまった。
隙間無く詰められた小ネタと合わせ、面白さが倍増しないわけがないのだから。
そこへ更に80年代の隠された歴史が散りばめられては
読者(視聴者)を翻弄させる見事な技としか言いようがないではないか。
してやられて当たり前だ。

演出の井上剛も凄腕だった。
クドカンの脚本を生かすべく、同じシーンをカメラだけ位置を変えて撮り直し
テストの回数を減らし「ぶっつけ」に近いリアルさで撮影したそうだ。
後半の名場面のひとつとして挙げられる「生まれたての鹿状態の足」
あれは井上が古田に(台本に無い)アドリブを要求したものらしい。
結果、それに喰らい付き同じ足の動きを真似たアキは笑いを隠せず
布団の中の鈴鹿ひろ美は顔を覆って爆笑を堪えていた。
(正宗さんに鈴鹿スペシャルを飲ませるシーンでも鈴鹿は笑いを堪えてたよね)
普通のドラマであればNGとなるような、そんなカットがあちこちに使われていたのも
この作品をより面白いものにした要因なのだろう。
因みに井上剛氏、朝ドラでは「ちりとてちん」「てっぱん」も演出している。
どれもタイトルが平仮名だあ、なんてところにも目が行ってしまうけれど
思えば「てっぱん」も、のっけから女子高生が海に飛び込んでいたっけなあと
おかしな共通点を見出してしまった。(笑)

・・と、
徒然なるままに書いたつもりだが、読み返してみると「評論」に近いものとなっていた。
あわわ、偉そうに!(汗)

いずれにしても、ぽっかりと空いた穴は心にではなく
一日が始まる朝の時間に、なのだ。
総集編とか、全編再放送とか、パート2だとか、そんなことはどうでもいい。
毎朝届いた「日刊マンガ」が廃刊となってしまったことが辛いのである。

くっそー、クドカンめ。

*

2013年9月29日

迷走



得体の知れない安い弦は
いとも簡単に切れてしまいましたとさ。
ったく・・やはりパチモンは駄目ですな、
J-45のこんな所でブッチリなんて初めてですもん。

お稽古しなきゃ!と気負い込んでましたから
ここで張り替える気分にもなれず
急遽、休眠中だったEpiphoneを引っ張り出してきました。
(DARCOのフォスファーブロンズに張り替えた後は弾いてなかったのです)

ただ、引っ張り出してから思い出しました。
そうそう、この子はサドルを下げなきゃならなかったんだ。
ネックを調整した時に、もう少し弦高を下げたいなと思ったのですが
いずれまた、そのうちに・・と、それっきりになってたんです。

こんなとき、何故か行動の早いかずら爺さんは
そそくさとサドルを外し、サンドペーパーでゴシゴシと
指先を粉で真っ白にさせながら、1.5mmほど削って理想的な弦高に仕上げました。
目分量と勘だけの、これぞまさに職人技!しかも仕事が早い!!


やり終えてから気付いたのは
J-45の弦を張り替えた方が早かったじゃあん、てこと。
(先に気付けよ!)
けどまあ、いい状態に仕上がったんだから良かったじゃないですか。

ミディアムボディで胴厚が薄いこのモデル、左手の按配がちょうど良くなると
鳴りっぷりまで変わってしまったような気分になるから不思議です。
(実際、弦高を下げるとジャリジャリ感が増すので音は変わるんですけどね)

なんか、気持ちいいです。
ライブではJ-45を使う予定でしたけど、この音を聞いてしまうと
こりゃ当日まで迷うでしょうな、たぶん。


ほら、なかなかのプロポーションでがしょ?
腰のくびれ具合に惹かれて一目惚れしただけのことはありますよ。
顔つきだって、ほら。


彫りの深い美人さんじゃありませんか。
エピのヘッドって、Gibsonと同じくらい好きなんです。
ただし、まともに鳴ってくれない物が多すぎで
今まで何度も痛い目に合ってきました。
が、この子とはいい関係になりそうな
(今日のところは)そんな予感がしてなりません。

ひとつだけ困ったことが・・
夜パソコンを開いて弦をオーダーしようとしたら
よりによってDARCOのフォスファーブロンズが品切れ!
あっちゃあ~(T_T)

*

2013年9月28日

一週間



思えば4月1日から今日までの毎日は、
朝起きてからその日の放送分の録画を立て続けに二度も観て
(休日は昼の再放送をリアルタイムで観て)
そして晩ご飯を食べながら夜に再び録画を観て
台詞の意味やアングルの端っこの辺りの細かな動きを観察しながら
15分間の濃密な出来事と、そこへ至る伏線となったシーンを結び付け
頭の中を整理してから翌日の放送を観る、というのが日課だったのです。

つまり、この半年間
昨日と今日と明日が、常に繋がったまま途切れることが無かったわけで
その連鎖がプツンと切れてしまえば
巷で噂される「あまロス症候群」にもなるでしょうよ、そりゃあ。

制作過程でストーリーがどんどん書き換えられているであろうドタバタ劇の
その予測できないスリルとスピードがたまらない魅力でもありました。
クドカン人脈による大勢の舞台俳優がその持ち味を発揮したことも
わずか15分の枠組みをとても濃厚なものにしてくれたとも言えます。
登場人物の全てが面白く、端から端まで何ひとつ無駄の無い演出は
これはもう見事としか言いようがありませんものね。
一度きりの登場で強烈なインパクトを与えた前髪クネ男がその際たるものでした。

正直、来週からの日常に戸惑いを感じています。
一日の始まりと終わりの起点と終点が失われただけでなく
そのまた次の日へと繋がる銀河鉄道の如き夜が無くなってしまったわけですから。
これはヤバイ。



友達よこれが私の 一週間の日課です
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャー
テュリャテュリャテュリャテュリャーリャー


・・そんな毎日だったのです。

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2013年9月27日

るぱあーんさんせー



FIAT 500 Twinair Pop
いいなあ、これ。
お財布か銀行にお金が鱈腹あったなら
すぐにでも買いに行きたいと思ってるくらいです。

500のシリーズは街でよく見掛けます。
このクラスのヨーロッパ車の中では一番売れてるんじゃないかしら。
けど走り去るその姿を見ても875CCなのか1200CCなのか、
外観だけじゃ見分けがつかないのです。

Twinair、875CC 2気筒のターボエンジンとやら
いったいどんな走りをするんでしょうねぇ。
内装もちょいとレトロで、いいんだよなあ・・

ハンドルを握った途端、
大声でオー・ソレ・ミオを歌い出すだろうな、きっと。
もちろん挨拶はチャオ!
似非イタリアーノ丸出しで。

いや、ミズタク風に
「るぱあーんさんせー」と何度も呟くべきか。


もしも或る日、私がこれに乗っていたなら
ロト7が当たったのだと思ってください。

・・なんとも、儚き恋。

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