2011年10月11日

90年代の私

これは決して手前味噌でもなんでもないんだが
数年に一度くらい、物好きな人間から声を掛けられることがある。
いわゆる「業界の人間」から。
プロデュースさせてくれとか、アルバムを作らせてくれとか。
素材を求める輩は、荒削りな石っころみたいな物を探し歩いては
それを自分の色に染め抜いて世に出すことを目論むものだ。
自身がミュージシャンであれば尚更のこと、そんな風潮は今も昔も変わっちゃいない。
拘束されたくないから、今まではのらりくらりと断ってきたが
なんだか勿体無いことしちまったなあ・・と、この歳になると後悔するようにもなってきた(笑)

彼らの思惑がわからないでもない。
自宅に機材を置いて、自らのレコーディング技術が向上してくると
アレンジや様々な実験を繰り返すのが、どれほど楽しいことか私もよく知っているからだ。
宅録というやつは、昨晩ご紹介したような蔵出しのローファイな作品から始まり、
やがて機材が良くなりハイファイな音質が作り出せるようになると
人間てやつは得てして、歌の本質よりも着飾ることに翻弄するようになる。
一種の落とし穴なんだけど、反面その行為が耳当たりの良いポップスを生み出して行くのだから
一概にどちらが良いとは言えないし、最終的な判断はリスナーに委ねられ
要は聴き手が好むか好まざるかによって、その作品の成果が問われるのが世の常なのだ。

今の私の歌は、十代の頃に築いたスタイルに近い。
綺麗なメロディとは懸け離れ、どちらかと言うと癖の強い言葉とビートが支配している。
アコギ1本で歌うそのスリル感が生む緊張が、ライブでも楽しい要因となるのだが
果たしてそれが聴き手にどう伝わるのかは、その場の「出来」が大きく作用することにもなる。
カバーしてくれる物が何も無いのだから、常に私は素っ裸で歌っているようなもんだ。
その裸の姿を見たいかどうかと問われると、おそらく多くの人は「見たくない」と即答するだろう。
そりゃそうだ、間もなく還暦を迎えるようなジジイの裸なんて、見たいと思うわけがない。
こんなとき、物書きはいいなあと羨ましく思う。
肉体・肉声を曝け出すこともなく、自身の想いを綴ることができるんだからねぇ。

「今の私の歌は、十代の頃に築いたスタイルに近い」
こう書いたのは、現在は宅録することもなく生で歌うだけになってしまったからだ。
あれこれ試行錯誤する必要もなく、思ったままに歌える今の方がリアルでいい。
けれども「かずら元年」を名乗る前、自宅でレコーディングに没頭していた時期は全くの別物だった。
前述の者たちと同じように、私も大いにアレンジを楽しみながら作っていたのだ。
それはそれで愉快だったし、今改めて耳にしたとしても
やはりそれなりの情熱は十分に感じ取ることができるのだから善しとしようではないか。

そんな私のポップな時代の曲「空色真冬」をご紹介。
http://kazura-web.up.seesaa.net/image/sorairomafuyu64k.mp3

昨晩の80年代に引き続き、今夜は90年代の蔵出し秘蔵音源なり。



2011年10月10日

木枯らしの吹く頃


その昔、私の部屋はプライベート・スタジオの様相を呈していた。
FOSTEXのオープンリールの8TRをベースに
極めてアナログなMTRで膨大な量の音源を残していた時期があるのだ。

人前で歌うことをやめた後、リスナーとして(これまた膨大な数の)アルバムを買い漁り
しばらくすると、やはりどこかで音楽と関わっていたい衝動に駆られ
子供たちが小学校に上がった頃にレコーディング機材を買い揃えたのが20年ほど前。
ミックスダウンを施して今も手元に残る音源は30曲くらいだろうか。
今になって聴いてみると、赤面してしまうような内容だけど、それなりの情熱だけは感じ取れる。
でも所詮は情熱だけ。
完成度は低いしボーカルも不安定で、声の張り具合なら今の方がよっぽどいい。
それでも時折「おっ?」と身を乗り出すような音に出くわすことがある。
それが楽しい。

最近になって、またそれを始めたくなってきた。
機材のほとんどは老朽化したため手放してしまったが
今なら昔の金額の1/10以下で質の良いものが手に入る。
アルバム1枚分くらいの数を一人で録り溜めてみようかしらね。



蔵出し秘蔵音源をひとつ。
画像の機材を買い揃えるもっと昔(25年くらい前かな)
TASCAMのカセット4TRで作った笑っちゃうくらい古典的な1曲を。
下手っぴいでローファイな音の中にも情熱だけは輝きを放っているもんなのさ(笑)
「木枯らしの吹く頃」http://kazura-web.up.seesaa.net/image/kogarashi64k.mp3



2011年10月9日

59回目の日、後記


昨晩NO BORDERへお越し頂いた皆さん、ありがとうございました。
おかげさまで59回目の日を、ライブという形で自ら祝うことができました。
私を含め出演したそれぞれが良い演奏をお届けできたと思いますが
惜しむらくは、この素晴らしきアーティストたちが奏でる音を
より多くの方々にお聴かせしたかったということ。
私の力不足から、それだけが残念に思えた夜でもありました。

お送り頂いた沢山のメールやメッセージに感謝します。
ありがとうございました。


2011年10月8日

ワクワクしてきた


自宅リハ、さらっと終了。
稽古嫌いの性分なので、結局いつも本番頼み(笑)

鳴りがいいんで今夜の相棒はGUILDに決めた。
初めての舞台、このままガッツリ鳴ってくれれば良いんだがね。

なんだかワクワクしてきた。
四ヶ月ぶり、だもんなあ。
飲んで歌って、いつもの調子で上手く行きそうな気がする。
穏やかな午後、ゆったりとした気持ちで過ごしていられるなんて
こんな日はそうそうないもんだ。

NO BORDERで待ってるよ。


2011年10月7日

1952 Vincent Black Lightning


明日は私の59回目の日。
毎年恒例となった(自らを祝う)ライブを催します。
お近くの方、通りすがりの方、遥々遠くからお越しくださる方、
今年も皆さんと一緒に楽しい夜を過ごしたいものです。

10月8日(土)反町NO BORDER
OPEN 19:00 START 20:00 MC¥500+投げ銭
出演:かずら元年、NOBU、ボギー(友情出演)

NO BORDER 横浜市神奈川区松本町4-28-2 TEL045-314-8985
http://www.geocities.jp/noborderyokohama/top.html



私が生まれた1952年は、さほど大きな出来事もない淡々とした年だったようです。
自身を「1952年型」と称したりもしてますが、その年にヒットした物はないのかしらと
いつもいつも思っていたほど不毛の年でもあったわけです。
ところがつい先日、YouTubeでとある曲と偶然出会いました。
「1952 Vincent Black Lightning」・・なんてカッコいいタイトルなんでしょう。
フェアポート・コンベンションに在籍していたリチャード・トンプソンも好んで歌っているようです。



Black Lightning、52年型の英国製のオートバイでした。
車ならまだしも、恥ずかしながらバイクのことは全く分からないもんで
私と同い年で一世を風靡したこんな凄い物があったことを今になって知った次第です。
おまけに歌にもなってたなんて二度びっくり!ですが
ああ、いつか歌ってみたい。そんな衝動に駆られてしまいます。

それにしても・・
52年当時の我が国はというと、ホンダ・カブ(スーパーカブの前身)が産声を上げ
自転車に取り付ける補助エンジンキットとして販売を始めたばかりでしたから
当たり前とは言え、海の向こうの文明大国の技術力には驚かされてしまいます。
なんといっても、戦後7年しか経っていない時期なんですから無理もありません。
けれど、この後に来る高度経済成長の大きなうねりが
やがて日本の製品を海外と同じ水準、或いはそれ以上に押し上げて行ったわけですから
その復興のスピードと当時の日本人の情熱には、胸を打たれるものがあります。

そんなことを想い浮かべながら、明日の夜は歌ってみようかと思います。
「1952年型かずら元年」です、これからもご贔屓に。
ちなみに、永谷園のお茶漬け海苔も私と同い年でした(笑)


2011年10月6日

ふたつの林檎


Appleは先見と創造性に満ちた天才を失いました。
世界は一人の素晴らしい人物を失いました。
スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは、
大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。
スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しました。
スティーブの精神は永遠にAppleの基礎であり続けます。

(Apple公式サイトより)




コンピューターが冷たい鉄の塊じゃなくて
温もりと優しさに満ちたものなんだってことを
彼は形にして僕らに教えてくれた。
夢や理想を現実のものと変えてしまう
その魔術とも言えるテクノロジーに世界中が興奮したことを
未来の人類はどのように受け止めるんだろう。

来たるべき未来の姿に触れることができた僕らは
とても、とても、幸せな地球人だ。
惜しむらくは・・
もっと先まで見届けたかった。
そんな贅沢を、たぶん彼なら許してくれると思う。

ビートルズの青林檎、そしてMacの虹林檎、
どちらも食べた僕らって、本当に幸せ者だ!


2011年10月5日

くそっ



また一人、逝ってしまった。
バート・ヤンシュ、享年67歳。癌・・らしい。
仲間内に彼のファンは多い。気落ちしてなきゃいいけどな。

横浜は終日冷たい雨が降りしきり
おまけに世間の薄情さが追い討ちをかけて
なんだか気分が優れず淋しい夜だ。

こんなときは
なんもかんも投げ出して
もう、やあーめた!と言い放って
終わりを迎えたくなっちまう。

くそっ。