2012年12月20日

シュアーの思い出


友人のツイートに懐かしいモデルの名前を見掛けました。
シュアーV15 TYPEⅢ、MM型カートリッジの最高級機と謳われた往年の名機です。
この画像だと60年代の製品みたいに感じるかも知れませんが、
1973年頃にTYPEⅡの後継機として発売されたものです。
その後このシリーズはTYPEⅣ、TYPEⅤへと進化しながら80年代まで続くのですが
優れたトレーシング能力と、MC型を彷彿とさせる癖の無い音質から
MM型カートリッジのリファレンス・モデルとして一世を風靡したという意味では
やはりこのTYPEⅢが、当時のオーディオファンには一番懐かしく感じられることでしょう。

実はこのカートリッジには個人的な思い出があります。
私が20年近く勤めていた銀座の某中古レコード店が
古くから付き合いのあったバイヤーから格安の輸入盤を仕入れるようになった頃、
エア・メールで届いた膨大なリストを見ながら専務が私に問い掛けてきました。
「シュアーって知ってる?」
「V15TYPEⅢとか、VN35Eとか載ってるんだけど、これ何だろう?」
1975年頃のことです。

私はそれが歴史のある著名な音響メーカーの名前で、
今一番人気のあるカートリッジと交換針の型番であることと
日本国内では代理店のバルコムから3万円前後で販売されていることを伝えました。


大袈裟なパッケージを見ても、この製品が高級品扱いであることが頷けます。
けれど3万円は高すぎる。3個でLUXMANの管球アンプが買える値段です。
為替レートを計算してみると、¥19800で売っても十分な利益が生じることが分かりましたが
バイヤーが処分を急いでいるレコード盤とセットで仕入れると更に値引きがあるとのこと。
さっそく本体100個、交換針50個を発注しました。
船便で日本に届く日程に合わせて雑誌に(実売価格で)広告掲載したところ
大きな反響を呼び予約が殺到してすぐに完売してしまいました。
その後何度仕入れたか分からないほど、かなりの数量が売れたのですが
代理店であるバルコムからは、幾度か警告と中傷があったような記憶があります。
(この頃はまだ並行輸入があまり成されてなく、総代理店の権限も大きかったのです)

味をしめた?私は、次に同じシュアー製のマイクの特価販売を提案しました。
当時ダイナミック・マイクロフォンの定番と言われていたSM-58です。
これもバルコムからは3万円前後で出てましたから¥19800で勝負することになり
並行輸入品の第二弾として雑誌に掲載してはみたのですが、
アフターの問題から代理店と音響機器会社の結束が固くあまり売れませんでした。
バイヤーから値下げの情報が入っても追加発注は出来ず
売れ残った在庫を叩き売りしたことは言うまでもありません。
若かった頃に成功と失敗を経験させてくれた「シュアーの思い出」なのでした。

ほろ苦い・・(笑)

*

2012年12月19日

溜息


毎年、そう毎年、
冬が来るたびに思うんです。
ああ・・球のアンプが欲しいなあ、と。

真空管の熱で部屋を温める、だけじゃないですよ。
駆動力が凄いんです、球は。
小さなモニタースピーカーも、大型顔負けの音で鳴ってくれます。
同じ1Wの出力であっても、中身が濃いんですよね。
排気量の大きな車、そんな感じかしら。
なので分厚い音がするんです。

往年の名器、LUXMAN SQ38FD
これは昔からずっと好きだった製品でしたが
ただの一度も手元に置かれたことはありません。
70年の発売当時の価格が¥98000、
大卒の初任給が3万円にも満たない時代ですから
私如きが手に出来る代物ではなかったのですが
それを今また、欲しいなあ・・と思ってしまうのです。

ああ・・(溜息)


*

2012年12月18日

ピアノ


音楽好きのポンタに買ってやってくれと、前々から娘に言われてた。
玩具とはいえ決して安くはない代物なのでしらばっくれていたら
クリスマスが近付いたもんだから、痺れを切らしたかのように再びおねだりされた。
やむを得まい、ついに買い与える承諾をした。

カワイのミニ・グランドピアノ、
ミニとは言っても32鍵、ハンマーアクションの本格的な物である。
巷では音程の狂いが少ないと評判の物らしいが
我が家には使っていない(本物の)アップライト・ピアノが今でも在るんだがね。
埃と猫の毛で汚れてしまってるんで「不衛生だからイラナイ」と言われた。
まあ確かに、クリーニングと部品交換と調律とに輸送費を加えたら
ざっと10万以上は掛かるであろうから財政的に無理ではあろうが・・

その旧いピアノは、長男に義母がプレゼントしてくれた物だから30年ほど前の製品である。
私が店頭で聴き比べ、カワイの柔らかな音質が気に入って独断で選んだ。
当時も今も、市場のほとんどを独占していたのはヤマハだったが
端正すぎて硬質な音のヤマハを私は好きになれなかった。
カワイのアップライトには(ほのかに)憧れのニューオーリンズの響きが感じられたのだ。
もしもピアノが弾けたなら(歌のタイトルではない)
私はたぶんプロフェッサー・ロングヘアーをコピーしていたことだろうな。
眠らせておくのは勿体ないけれど、
行き場のない今は部屋の片隅にそっと置いておくしかない。
(夏場は猫の寝床になっているので無駄ではないのかも知れないが)

ポンタの父親は、ドラムやジャンベを叩くミュージシャンでもある。
(私のライブでも一度か二度バックを任せたことがあった)
その遺伝子からなのか、ポンタはリズム感がいいしノリもいい。
TVの音楽番組も熱心に見入っているらしいので
爺さんとしてはちょっと将来が楽しみになってしまい、
楽器を買い与えることに何の抵抗もなくなってしまうのだ。

ただし、道を究めろよ。ポンタ!
ピアノは弾くものではない、叩くものだ。
ドラムは叩くものではない、奏でるものだ。
ギターは弾くものでもない、叩くものでもない、歌うものだ。

これが分かるようになってくれたなら、爺さんは大満足なのだが
果たしてどうなることやら・・

*

2012年12月17日

爺さんの使命


公園内を嬉しそうに走り回るポンタ、
雨の今日はこんな姿を見ることはできませんでしたが
娘宅で会った彼の成長のスピードには驚いてしまいます。
仕草や言葉、表情などが日に日に豊かになって
「人型」から「人間」に進化して行く様には感動さえ抱きます。

彼がやがて大きくなり、己の道を歩き出すとき
いったいどんな思想と言葉を持つのでしょう。
たとえどのような世界になっていたとしても
人を愛し、家族を愛し、そしてこの国を愛してほしい
そう願うばかりです。

憎しみや争い事が如何に無意味なものか、
それらは決して何も生み出さないということだけは
私たち大人が子供たちに伝えて行かなければならない
とてもとても大切なことだと思うのです。

戦火の中を生きた先代たちには実体験としてそれが出来ました。
二度と若者を戦地へ送るようなことがあってはならない、
大人たちの大半はその想いを次世代へと継承しましたが
豊かで平和な社会が長く続く中で、今はそれが危うくなっています。

日本が出来ること、世界に訴えかけること、
それは武力という力を示すことではない筈です。
イデオロギーの異なる諸外国と共存できる方策を見出さなければ
血気盛んな一握りの者たちによって「あの時代」へと逆戻りしてしまいます。

数十年後のポンタが父親になる頃
今の私と同じことを思ってくれていることを願ってやみませんし、
この国の進路を私たちが見誤らないようにしなければならないのです。

それが爺さんとしての私の使命、かな。

*

2012年12月16日

遠い世界に

遠い世界に旅に出ようか
それとも赤い風船に乗って
雲の上を歩いてみようか
太陽の光で虹を作った
お空の風をもらって帰って
暗い霧を吹き飛ばしたい

僕らの住んでるこの街にも
明るい太陽 顔を見せても
心の中はいつも悲しい
力を合わせて生きることさえ
今ではみんな忘れてしまった
だけど僕たち若者が居る

雲に隠れた小さな星は
これが日本だ 私の国だ
若い力を身体に感じて
みんなで歩こう 長い道だが
ひとつの道を力の限り
明日の世界を探しに行こう
明日の世界を探しに行こう



五つの赤い風船 1969年「遠い世界に」 西岡たかし 作詞作曲


*

2012年12月15日

爺の戯言

政治を語るつもりはありません。
経済のことなんてまるで分かりません。
世界情勢がどうこうと言われても
イデオロギーや宗教に起因する出来事は
難しすぎて安易に口を挟むことはできません。
むろん、正義感なんてものも持ち合わせていません。
あるのは怒り、ただそれだけです。
金と権力による横暴、それらへの怒りだけなのです。

幾つになっても保守の側には付けず
反体制という死語に近い言葉が今でも体に染み付いています。
それを思い出してしまったのは
危険な暴走を加速させようとする輩のせいでした。

私の子供や孫たちに銃を持たせることなどできません。
豊かで便利な暮らしの代償だからと言って
放射能に汚染された空気を吸わせることもできません。
戦後を馬車馬のように働いて先代たちが築き上げたこの国を
大日本帝国の時代に戻すことなんて絶対にあってはいけないことなのです。

今夜の私は、それだけを言いたい。






湯川れい子さん、この方の最近の言葉には力が漲っています。
著名人であるが故の言動に対して繰り返される
多くの脅迫にも動じない姿勢には、ただただ敬服するばかりです。
ご本人曰く、戦争や原発に比べたら恐れるに値しないとか。
政治家を志す諸氏よ、せめて彼女のようにブレない信念を持て!

今夜の私は、それだけを言いたい。

2012年12月14日

拒むものと受け入れるもの


二十代の若者たちが、同世代の者たちを投票所へ向かわせるために、NETや広報などを駆使して様々な活動をしているそうです。今夜のNews23クロスでその幾つかが紹介されていました。

その番組の中で、とある団体の女性代表が口にした言葉、「政治や政策が若者の方を向いてないから関心が高まらない。」私はその意見を耳にして愕然としてしまいました。社会保障・年金など中高年向けの政策ばかりが争点となっている実情を嘆いたのかも知れませんが、将来そのツケが己に降りかかって来るのですから、自身の問題として受け止め考えて行かなければなりません。

仮にそれが難しい問題であったとしても、原発の是非・憲法改正論・集団的自衛権の行使など、この国の将来を決める重要な事柄に対しては、世代や年齢に関わらず明確な意思表示が成されて当然だと思えるのですが・・

何かひとつだけでもテーマを決めて、それに対する自分の答を持って、どうか投票所へ足を運んで頂きたい、そう思うのです。選挙とは「選ぶ」という目的の他に、自分たちの暮らしをどうしたいのかという個々の意思表示でもあるのですから。

拒むものと受け入れるもの、これだけは傍観してるだけではいけません。あなたの意見や主張を票に託して投じることが肝心です。老人たちの暴走を止めるためにも、将来を担う若者の1票が重要なのだと思えるのです。

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