2013年5月15日
合板を馬鹿にしちゃだめよ
くっそー!失われた1時間を返せー!!
と、叫びたくなりました。
いやなに、自分が悪いんですけどね。
EKOのペグがあまりにも貧相で安っぽく見えるんで(実際に安物ですけど。笑)
シャーラー・タイプのツマミだけをグローバー・タイプに替えてあげようと思い
ふだん使ってない中国製と思われる他のギターから外して付け替える作戦に出たんです。
ところが・・
微妙にビスの長さや径が違って、どれも合わないじゃありませんか。
同じ中国のパーツの筈なのに、部品メーカーによってこうも違うことに唖然としました。
仕方なく元通りにしたんですけど、全工程で1時間が過ぎ去ってしまったというわけです。
折を見てロトマチックの本体ごと替えてあげることにしましょう。ちっ・・(悔)
それはさておき
EKOクン、爆音と言っていいくらいによく鳴ってます。
あんた、アジャスタブル・サドルでしょ!
なんでしょね、この鳴りっぷり。ちょっと戸惑うくらいです。
確かにGibsonの物と比べると形状が異なっているようで、
サドル自体が細く、おまけに前後を金属板で挟み込む構造になっています。
ブリッジとの間に隙間が無くて密着してるのが功を奏してるんですかね?
まるでレギュラー・サドルのように表板に音が伝わりますもん。
しかもこれ、トップ材も含めて(今どき珍しい)オール合板なんですけど
板厚が薄いせいもあってビンビン共鳴してるのがよく分かります。
「質の悪い単板よりも質の良い合板の方が良く鳴ってくれる」
アコースティック・ギターに於ける私の持論なんですが
これがまたもや証明された格好になりました。
往年の名器、YAMAHA FG-180なんてその代表格と言えますからね。
バラツキが少なく板材の品質を管理しやすい合板モデルが
もっとたくさん登場してもいい筈なんですけど、
「単板」ていう言葉の響きにコロッと騙されるんですよね、みんな。
言っときますけど、合板は音が悪いってのは迷信ですよ。
オール単板のローコスト・モデル、なんてぇのが一番ダメで怪しい部類です。
安いギターは合板に限りますからね!
アコギの善し悪しは決してブランドや価格ではないのです。
でもねぇ、正直なところ気恥ずかしいんですよ。
ついこの間まで、ニッケル弦がいい!と言い放ち
Godinのアーチトップに惚れたと公言しておきながら
その舌の根も乾かないうちに
EKOクンのブロンズ弦の響きを絶賛する自分が登場するなんて。
これもまた、尻軽な私ゆえですな・・
合板を馬鹿にしちゃだめよ
この歌の語呂合わせでした。
「サラリーマンをバカにしてはだめよ」 岩井宏
*
2013年5月14日
予想は覆されるもの
遥々新潟から夜行列車でやって来たEKOクン、
夏日となった今日の横浜の暑さには参ったでしょうね。
なんたって二重の鎧、ダンボール2個に入ったままだったんですから。
帰宅して食事を済ませてから開梱しました。
輸送用の大きな箱から本体が収まった箱を取り出し、
そのペナペナのおっそろしく薄いダンボールを開けると・・
おお!いいじゃありませんか、この見えてそうで見えてない微妙な透け具合!!
如何にバッタもんとは言え、この時点で合格です。男心を妙にくすぐりますから。
EKOのロゴがちゃんとセンターにあるところが立派です。
そのビニ本の如き袋から出してみると、想像に反してえらく軽いので驚きました。
アジャスタブル・ブリッジ、ボルトオンのネックジョイント、合板、中国生産・・
こうなるとかなりずっしりした印象しかイメージ出来なかったのと、
昔テッちゃんの家で手にしたオリジナルの重さの記憶が重なってましたからね。
トップもバックも板材がとても薄いせいなのかも知れませんが、この軽さは予想外でした。
EKOの伝統的なジョイント部です。ボルトオンなのでヒールが有りません。
この裏側に巨大な角材が入ってるというのに、この軽さはいったい何故でしょう!?
そして驚いたことがもうひとつ。
パーツや板材の加工は細かく見て行くとかなり粗雑なんですが
アジャスタブル・ブリッジとは思えないほど良く鳴るんです。
音量も大きくて、しかも低域が分厚い。これは意外でしたね。
いわゆる合板の安いモデルの音質ではあるんですが元気がいい!
これ、印象としては往年のヤマハに近い音ですね。
細いけれど厚みのあるネック・シェイプといい、FG-180みたいな感じです。
この音を聴いていると、ヨーロッパで飛ぶように売れたという理由が解る気がします。
大衆向けのローコスト製品としては的を得た作りですもの。
ナローレンジではありますけど、これは私の好きな音です。
(実はあまり期待してなかっただけに)嬉しい誤算となりました。
ヘッドのロゴとデザインは昔のモデルと変わってしまいましたが
EKOと記された部分、実はペイントじゃなくプラスチックの板なんです。
肉厚があって透明な板の中に、白い板にプリントされたロゴが入っています。
このレトロな雰囲気、これはちょっとお洒落ですね。
さてさて、手元に来てみれば予想を覆す鳴りっぷりのこの男。
この先どのように付き合って行くべきでしょうか。
それを思案するのもまた楽しきことなのでありますが・・
*
2013年5月13日
再会前夜
EKOは今夜、新潟を発ったそうです。
明日の朝には私の家の玄関前で
傘地蔵の如く突っ立っていることでしょう。
なんて、ご挨拶しましょ。
照れ臭いな。
ダンボールの鎧を纏い
遥々やって来る彼を
どんな顔して迎えたらいいんでしょうね。
明日は仕事に行かねばならないし
とりあえず鎧姿のままで
部屋の真ん中に鎮座しててもらいましょうかね。
いや、長旅でお疲れでしょうから
私のベッドで横になってて頂きますか。
あ、その前に
お茶にしますか?
それとも珈琲?
40年以上前、伏見で初めてお会いした彼。
その生まれ変わりというか子孫というか
そんな男に会うのは緊張します。
陸路やって来る彼と会うのが
なんだか怖い。
*
2013年5月12日
押し花電報
母親に感謝して日頃の労をねぎらう。
照れ臭くてふだんは口にすることができくなても
今日だけは胸を張って言葉にする。
一年に一度とは言え、そんな日があるのは素敵なことです。
私は毎年、田舎で暮らす母親に電報を送っています。
押し花がデザインされた(一番安い)500円の台紙に
思い付いたわずか数行の言葉を添えて。
花も品物も無い質素なそれを、母親はとても喜んでくれるのです。
始めてからもう十数年続いていると思いますが
今でもその全てを大切に保管していると聞きます。
なので文面には気を遣います。
なにぶんアドリブ好きな私ですから
直前に思い付いた言葉を並べているだけなので
下手をすると以前に送ったものと全く同じ内容になってしまいますからね。
文字数からして、言ってみればメールみたいなものですけど
90を過ぎた老婆に電子端末は使いこなせるわけもなく
この極めてアナログな電報というツールがとても重宝なんです。
(数年前に携帯電話を持たせましたが、すぐに解約してしまいました)
そして今年もまた、喜んでもらえたようです。
さて、物流の私の仕事場。
ギフトの配達がピークを迎える今日は覚悟して仕事と向き合いました。
案の定、途轍もない電話の数。
問い合わせやら、催促やら、苦情やら、取りきれないほどでした。
さすがに一日を終えると疲労困憊ですが
心の準備をしていたせいか精神的な疲れはさほど感じていません。
全ての母親に感謝の念を抱くべき日に、こちらがカリカリしてちゃいけませんから
努めて冷静に、ソフトな応対を心掛けました(私、役者ですから!)笑
そんな多忙な日に、何故か出勤者が通常の半分くらいしか居らず
伽藍としたコールセンターを少数精鋭で乗り切った母親オペレーターの皆さまにも
感謝せずにはいられない日となってしまいました。
みんな、今日はよう働いた!
自分を含め、よう頑張った!!
その大変な思いをした(母親)オペレーターたちに
居合わせた上司や社員の口から「ありがとう、ご苦労さま」の言葉が
何ひとつ無かったことが残念でなりません。
私が責任ある立場に居たとしたなら、たぶんそうしたと思うのですが・・
母親に贈る言葉もそうなのですが
ちょっとした気遣い、声掛けというのが大切なんです。
それを怠る、そこに気付かぬ企業はダメですね。
労使の信頼関係が揺らぎます。
パソコンをじっと見つめるだけで物言わぬ社員よ、
肝に銘じなさい!
・・と、
年老いた古い人間は思うのでした。
*
2013年5月11日
さらさ西陣
FBのニュース・フィードをパラパラと捲っていたら(スクロールね)
パイレーツ・カヌーのライブの模様が記されていて
彼女たちが「さらさ西陣」で演奏したことを知った。
京都に5店舗あるカフェ・サラサ。
その中の1店、旧い銭湯を改造した店が「さらさ西陣」なのであるが
実はここのオーナーが旧友テッちゃんだったのだ。
そう、あのEKOを所有していた若者の晩年は
経営者としての多才さを開花させていたのだ。
cafe sarasa http://www.cafe-sarasa.com/index.htm
5年ほど前だったろうか、
WEBで私を発見したテッちゃんから突然メールが送られて来たのは。
30年近く音信不通だったこともあり驚いたものだが
その後数回電話で言葉を交わし、この店でライブを企画するから是非来てくれと言われた。
それはとても嬉しく、大いに楽しみな誘いだったけれど
彼の周辺の諸事情から延び延びになってしまい、いつしか立ち消えになってしまった。
そしてまた3年ほどの音信不通。
けれど30年以上会ってなかった者同士、2年や3年の時間が過ぎてもどうってことないさ。
私はそんな感覚で呑気に構え、再び誘いが来ることをずっと待っていた。
そんな或る日、友人からのメールで彼が亡くなったことを知らされた。
末期の癌だったらしい。
さらさ西陣で(彼の前で)歌うことも無いまま、奴は逝っちまったってわけだ。
彼の死後、店はどうなったんだろうと思うこともあったけれど
店の経営も、時折催されるライブも、未だに健在だったことを知り嬉しくなった。
きっと奥様やスタッフの努力なんだろうなあ。
(私の知ってる奥さんとは別れたようなので現在の女性とは面識が無いのだが)
線香を上げがてら、一度は訪ねてみたい場所なのである。
そんなこんなで
EKOに端を発した京都と岸本哲の思い出に浸る夜であった。
*
2013年5月10日
自称「ちょっと面白い楽器店」
EKOを輸入販売しているショップから受注処理完了のメールが来ました。
現物はまだ届いてませんけど、これで私の物になったわけです。
チョイ傷(打痕・スリ傷)のワケあり特価と表示されたその品物、
その店の通常価格の半値ほどで笑っちゃうくらいの「安物」なんですが
どうやら在庫を全て売り切ってしまう魂胆のようです。
サイトを開くと、数日前まであった通常価格品のページが無くなってました。
もしかすると、エレキを含めEKOの全モデルから撤退するつもりなのかも知れません。
EKOがイタリア・ブランドとは言えアコギは中国、エレキは韓国で生産されてます。
国内では私が注文したショップの他にも扱っている所はあるようですが、
価格が安く、なおかつ在庫を持っているのはそのショップだけだったので
もしも撤退するのが事実であれば何だか残念な気になってしまいます。
・・となると、
たまたま格安で入手できた私は幸運だったということなのか、
或いは私のような「物好き」以外は目もくれないので
売れ残って更に安くなるチャンスを逃したということなのか。
株の売買じゃないんですから、その辺りは考えないようにしましょう(笑)
因みにそのショップ、店の肩書きが「ちょっと面白い楽器店」となってまして
確かに変な(珍しい)ビザールの復刻モデルが安価でずらりと並んでいるのです。
その色形がとても楽しいのでサイトを見ていても飽きることがありませんし、
独特の品揃えなので何だか応援してあげたくもなってしまいます。
楽器全種が全国一律送料500円というのも見逃せません。
バッタもん好きの方は是非一度サイトを開いてみてください。
http://www.apollonmusic.com/onlineshopping/
*
2013年5月9日
冷静に淡々と
冷静に淡々と
現実と夢想の狭間を行ったり来たりしながら
一日中ずーっと考えていたのです。
しかしながら
O型天秤座の私ですから結論に至る筈もなく
一日中ずーっとギターを弾いていました。
夜も更けてから
サイトを開き画像を眺めてはみたものの
それでも決心がつかず、いじいじしてたのですが
焼酎を何杯か飲むうちに(勢い余って)
エイヤッ!と、クリックしてしまったことをお知らせしておきます。
松居さん、肩を叩いて頂いてありがとう。
飲んでるうちに、遠い昔のことをひとつ思い出しました。
京都・伏見のテッちゃんの家に初めて行ったとき
部屋にあった見たことの無いEKOを何処で知ったのか尋ねると
彼は誇らしげにこう言ったのです。「ジミー・ペイジが持っていたから」
それをたまたま京都の楽器店で見つけたそうです。
確かに、レコーディングで使用した「証拠写真」が有りました。
当時(今でもか)日本では無名に近かったこのギターをチョイスした
彼はやはり侮れない男だったようです。
上のEKOを抱えたジミーの写真、
実は初めて会ったときのテッちゃんによく似てるんです。
髪型も顔の表情もそっくりで、一瞬ドキッとしましたもの。
色白のいい男だったんですよ。
ナイアガラ時代の大瀧さんの「お抱え運転手」だった彼のおかげで
福生の大瀧さんの家へ遊びに行って
ブラックジャックで楽しい夜更かしをしたり
故・布谷文夫さんと親しくなったりもできたんです。
テッちゃん、EKOが届いたら触りに来るかい?
よろしかったら布谷さんも!
*
現実と夢想の狭間を行ったり来たりしながら
一日中ずーっと考えていたのです。
しかしながら
O型天秤座の私ですから結論に至る筈もなく
一日中ずーっとギターを弾いていました。
夜も更けてから
サイトを開き画像を眺めてはみたものの
それでも決心がつかず、いじいじしてたのですが
焼酎を何杯か飲むうちに(勢い余って)
エイヤッ!と、クリックしてしまったことをお知らせしておきます。
松居さん、肩を叩いて頂いてありがとう。
飲んでるうちに、遠い昔のことをひとつ思い出しました。
京都・伏見のテッちゃんの家に初めて行ったとき
部屋にあった見たことの無いEKOを何処で知ったのか尋ねると
彼は誇らしげにこう言ったのです。「ジミー・ペイジが持っていたから」
それをたまたま京都の楽器店で見つけたそうです。
確かに、レコーディングで使用した「証拠写真」が有りました。
当時(今でもか)日本では無名に近かったこのギターをチョイスした
彼はやはり侮れない男だったようです。
上のEKOを抱えたジミーの写真、
実は初めて会ったときのテッちゃんによく似てるんです。
髪型も顔の表情もそっくりで、一瞬ドキッとしましたもの。
色白のいい男だったんですよ。
ナイアガラ時代の大瀧さんの「お抱え運転手」だった彼のおかげで
福生の大瀧さんの家へ遊びに行って
ブラックジャックで楽しい夜更かしをしたり
故・布谷文夫さんと親しくなったりもできたんです。
テッちゃん、EKOが届いたら触りに来るかい?
よろしかったら布谷さんも!
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