2014年3月16日

テキーラ!!(なんのこっちゃい)



シュアーM44G、
その昔はMM型カートリッジのローコストモデルでありながら
輪郭がはっきりしていて尚且つ馬力を感じる太い音だったので
多くのロックやジャズ・ファンに愛用されていたものです。
70年代当時は赤と黒のこんなチープな紙箱で売られてました。
最上級機V15TypeⅢのようなゴージャスなケースではない簡素さが
贅沢を求めない庶民の心を捉えていたような気もします。

僕が愛用していた30年ほど前の44Gが(ようやく)退役することになり
先日アマゾンから届いた代替機も、こんなパッケージなんだろうと思っていたら・・


なんと、こんな大袈裟な器に入っていたのでありました。
往年のバタ臭さも無く、都会的でお洒落な装いに変貌していて唖然。
しかも、クラブ/パーティー用と明記されてるじゃありませんか。
DJ御用達のモデルとなった昨今の現状では、これもやむを得ないことなんでしょうけど
おいおい貴様、スタイラス・ガードまで付けられて、いったい何様のつもりだい。
仲の良かった旧い友人が、急に遠い存在になってしまったような
そんな甘酸っぱい寂しさが込み上げてきました。

シュアーさん、僕は紙箱のままでよかったんですよ。
こんな標本みたいなパッケージ、やめてください。
おまけに僕は律儀に入れ物を残しておく性格なんですから
不必要に大きすぎるのは場所を取って困るんです。
いったい、いつからこんなことになってしまったんでしょうね。

とは言いながら、キャップを外すと「アメリカ」の香りが。
昔、アナログの米国盤のシールを切って内袋を取り出した時と同じ紙の臭いです。
長い時間を掛けて船に揺られやって来た、ちょっと黴臭さに似たあれ。
(わかるかなあ・・)
懐かしい気分に浸りながらよく見ると、メキシコ工場産でした。
Tex-Mexのこれもまた良し、テキーラ!!


ところで、退役した爺さんはカモメ・ビンテージと呼ばれ
カモメのマークが付いた物はオークションでも高値で売買されてるそうな。
僕のはスタイラス・ガードが追加される以前の初期型なんですけど
どれくらいの値段で売れるものなんでしょうかね?


ほら、前から見るとスタイラス・ノブの左右の形がシンメトリーじゃないでしょ。
SHUREのロゴも現行モデルとは異なります。これがオリジナルなんです。
USA M44G、これも諭吉1枚くらいにならないかしらね。
駅前の鳥正で立ち飲み5~6回できるんだけどなあ~♪(期待)

*

2014年3月15日

吐露の遺跡



この老舗レコード店の40数年の歴史の中で
僕は後半の20年ほどの間ここに在籍していました。
ネットの情報では2001年に破産したとありますから
私事で退職したわずか数年後の終焉だったようです。
苦楽を共にした多くの仲間たちがその後の人生をどう過ごしているのか
退職後の付き合いは一切無かったので知る由もありませんが
こうして公の場で書き記しているのですから
或る日突然、旧知の者から便りが届くかも知れません。

昨晩、その内の一人とネット上で巡り会う機会があったせいで
あれこれ昔のことを思い出してしまいました。
一番忙しかった時期は年間休日がわずか40日ほどだった年もあり、
本業のレコードの他、オーディオ製品や楽器の買取で全国を駆け回ってました。
僕は1974年頃に募集の張り紙を見て入社したのですが
当時の先代社長は頑固なほどに商売人だったこともあり
先輩諸氏には創設当初からの丁稚奉公を経て一生を捧げたような人も居たのです。
その方々はいったいどうなったのか、気になって仕方ありません。

典型的な親族会社だったせいで大きなお家騒動もありました。
次期社長ではと目されていた専務取締役が突然解雇され、
長女の亭主が若くして(僕と同世代)二代目に就任したおかげで
古株の社員が何人も首を切られ組織全体が若返ったのは僕にとって幸いでしたが
今思えばその光景は共産圏諸国の容赦ない「粛清」のように映ります。

その後店のロゴは変わり、レコード・ショップはサウンド・マーケットに表記を変えました。
輸入盤の仕入れで付き合いのあったバイヤーからシュアー製品の売込みがあり
当時は高値だったV15TypeⅢというカートリッジやダイナミック・マイクを
業界の常識を破る価格で販売して大当たりしたことも良き思い出です。
たぶんオーディオ製品に於いての並行輸入販売というのは
業界に柵の無かったこの会社だからこそ出来たことだと思いますし
その中で自由に活動させて頂けたことは大変ありがたく感じています。

歌うことを辞め、喰うための糧を求めて路頭に迷っていた次期に
その会社にお世話になってからの20年ほどは
金銭的にも精神的にも、或いは楽しく生きるためにも
僕のその後の人生に大いに貢献したのではと思っています。

ただ、そこでの仕事は毎日が忙し過ぎました。
家族、とりわけ子供が成長して行く過程にも一緒に過ごす時間が無く
接点があまりにも少なかったことを後悔して
長男が中学生になった頃、僕はその会社を後にしたのです。

一昨年の今頃の時期、たまたまBlogに同じようなことを書いてました。
http://kazura1952.blogspot.jp/2012/03/blue-note.html

滅多に書かぬ、かずら元年の過去。
吐露ついでにリンクしておきます。

*

2014年3月14日

僕のマスウェル・ヒルビリーズは何処へ行った?



この時代のキンクスが好きで、時折無性に聴きたくなってしまう。
それも何故か決まって冬が終わりを告げる今頃の季節。
邦題「この世はすべてショー・ビジネス」
タイトル通り胡散臭く、おまけにバタ臭いところがたまらない。
「セルロイド・ヒーローズ」なんて名曲もある。
これはいいアルバムだよ、うん。

実はこのディスクを棚から抜き出すときに
おや?「マスウェル・ヒルビリーズ」は何処へ行ったんだろ?
いつもそう思って隅から隅まで探してしまう。
RCAのアナログ盤で持っていた筈なのに、何処にも無いのだ。

「ショービジネス」の2枚組アナログ盤を手放したことは覚えている。
けど見開きジャケットの「マスウェル・ヒルビリーズ」はまだ在ったよなあ。
もう一度探してはみたが見つからない。はてな?

しゃあない、買うか!



今日、旧い知人からFBフレンドのリクエストが来た。
悪い輩ではなさそうだったので承認してみると
その昔、僕がとあるショップの営業部長をやっていた頃に
従業員として働いてくれていた陽気な男であることが解った。
どこの繋がりから現在の僕に辿り着いたのか知らないが
当時の記憶が一気に蘇り、とても懐かしい気分になった。
こんなことって、あるんだねえ。

いずれその男とは
数寄屋橋の思い出を肴に飲むことになるのであろう。
野坂クン、ありがとね!!

*

2014年3月13日

爺さんの耳?



転居もしたことだし
20年以上前から持っていた(もっとかな?)シュアーのカートリッジを
新しい物と交換することにした。
正確には何年前の代物なのかわからないが、
今でも立派に音溝をトレースしていてくれた。
非常にデリケートなパーツなれど
落としたり曲げたりしない限りは長く使えるものなのだ。
特にこいつは頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れない。

けれどヘタレていることは間違いないようで
近頃じゃ高域に曇りが生じるようになってしまった。
耐用年数を遥かに超えていることだし、現役引退はやむを得ないことだ。
ボディを残して針だけ交換しようかとも思ったのだが
現行モデルとカンチレバーの太さが変わっているらしいので断念した。

そこで過日アマゾンに注文、幸いなことに¥4800で入手できた。
成田のショップと同じ価格だが送料負担が無いので得だ。
今日になってサイトを覗いてみると¥5980に値上がりしてたので
いいタイミングで買い物が出来たようである。

ただし・・
広域が衰退して聴こえるのは、高齢化のせいかも知れないという不安。
ジジイになると可聴帯域が狭まるらしく、特に高音が聴こえ難くなるらしい。
その昔の英国LONDON盤、クラシック愛好家の爺さんたちには人気があった。
それもその筈、このレーベルは高域が強調された音作りだったのだ。
シャリシャリし過ぎていて若い頃はあまり好きな音質ではなかったけれど
今それを聴いたならちょうど良いのかも・・

やだやだ。

*

2014年3月12日

iTunes復活!



夜、パソコンを立ち上げると
Appleのアップデートのお知らせが来てました。
んーと、QuickTime Playerと・・ええっ!?iTunesだあ??
以前アップデートした途端に、Windowsのパソコン内から消え失せたあいつです。
何度アンイストールを繰り返しても駄目だったあの日から
僕のパソコンにはショートカット・アイコンすら無かったのです。
ひょっこり通知が届いたということは、もしやバグが修正されたのでは・・

疑心暗鬼でインストールしてみると、お久しぶりのアイコンが表示されました。
きゃあ~一体いつ以来かしら?そしてクリックしてみると・・
おお!開いた!開いたではないか!!ちょっとだけ感動しました。
iPhoneを繋ぐと、これまたiOS7.1の更新情報が現れたので
すっかり気を良くしていた僕は、ついでにアップデートしちゃいましたとさ。

やれやれ、MicrosoftとAppleのどちらが折れて修正したのやら・・(溜息)


そうそう、旧宅に置いたままだったギターをようやく新居に運び込みました。
(実は未だに荷物が少々残っていて引渡しが終わってないのです)
新調したデスクの脇に130Cmほどの空間ができたのでケースが8本並びますが、
この他にもまだ4本が旧宅の押入れに入ったままでして、
新居に収容できない分は更なる「売り出し」に精を出さねばなりませぬ。

ここへ越して来る前に白髭氏や大阪の兄貴の協力で5本を捌き、
深夜に嫁を連れて東京の外れからやって来た男に1本譲り、
勘定してみると全部で18本も、あの家には在ったということに改めてびっくりしてます。
これからは減らすのみ、決して増やさないように心掛けましょう。


昨年衝動買いしたFenderのパーラーモデル、これ手放さなくてよかったと思います。
白髭氏が鎌倉から旧宅へ買い付け?に来た折は邪魔者扱いしてたんですが、
今日出してみると何だかとても心地好い音に感じたのでナットを調整してあげました。
小さいながらも、この部屋では十分な音量で鳴ってくれます。
しかもショートスケールで弦のテンションがベロベロなのに低域が太い!
テレキャスターと同じアッシュ材で作られたこれ、夜のお供として重宝しそうです。
(ブロンズ色がええ感じでしょ。と、今さら自慢げに言ってみる)笑

旧宅からの帰り道、新居の近くにあるハードオフに寄ってみました。
ここ、他の店舗よりもオーディオ製品が充実していて
特にアンプは質の良い物がたくさん並んでいるのです。
愛用しているプリメインが右Chからハムが出るようになってしまったんで
後釜の候補を調査してみましたが諭吉1枚でお釣りが来そうです。

この店にはアナログディスクの陳列棚もあって
大した物はありませんけど行く度に一応チェックしています。
今日も気合で全部の棚を覗いた結果、3枚だけ買って帰りました。


ウエストサイド・ストーリー、ヤードバーズ、ランディ・マイズナー、どれも1枚百円!
前回見たときには無かった物ばかり、ありがたいことです。
特にウエストサイド・ストーリーは、つい先日FBフレンド(ブラザー)のタイムラインで見かけ
懐かしさのあまり欲しくなった代物だけに百円で手に入ったことが喜びです。
(このアルバム、小学生の頃に片仮名英語で全曲覚えたんですよ)
ジャケットはボロボロ、肝心の「アメリカ」はノイズ過多ではありますが
およそ50年ほど前の思い出に浸っております。

*

2014年3月11日

ジャクソン・ブラウンを聴きながら



夢見の悪い夜だった。
数年前に他界した頑固な親父が
己の火葬について電話で業者を罵っている。
話にならん!そう言い捨てて受話器を乱暴に置いた。
おいおい、あんたはもうこの世にゃ居ないんだぜ。
何を今さら・・

そう言いかけたところでカミさんから内線の呼び出しがあった。
そうだ、今朝は資源ゴミを大量に出す日だったんだ。
寝ぼけたままの頭で集積所を何度か往復する。
いい天気だ。眩しいほどに空が青い。

ゴミを出し終え、再び布団に潜り込む。
さっきの夢の続きを見て真相を解明しなくっちゃ。
一所懸命に最後に見た光景を思い出そうとする。
けれど、夢の世界に続きなどあるわけもなく
まんまと其処へ行き着くことなど出来やしないのだから
悶々としたまま1時間ほどが過ぎた。
徒労に終わったということだ。

なんだろう、いつもと違う空気。
空気というより、得体の知れない怪しい「気」に満ちた不思議な朝。
仕事場へ向う途中では、無理やり割り込んで来る車が何台もあったり
何故こんな場所で事故が?と思えるような所で事故処理をしていたり、
人心を惑わす磁場の大きな乱れが生じた日のような
街も人も、何もかもが噛み合ってない、そんな不思議さを感じる朝だった。

これが3.11なのか。
3年目にして初めて感じる異様な感覚に
身の危険を思わずにいられなくなった。
平穏さを装う裏側で何かが蠢いているような
その正体がわからないことほど恐ろしいものはない。

それでも今日は、何事も無く一日が終わった。
束の間の安堵感、けれど体は緊張したままだ。
したたかに酔いながら頭の中はふにゃふにゃになって行く。
ジャクソン・ブラウンを聴きながら3年目の3.11を見送る。

そんな夜だった。

*

2014年3月10日

忘却


仕事帰り、セブンイレブンに寄ってPB焼酎を買って来た。
巷の噂では芋職人が案外と旨いらしいんだが高いので
サトウキビ糖蜜、2.7Lで¥1280という安い物にした。
酒は安酒が旨いものなんだよ、うん。
とは言えお湯で割ってみたけれど、可もなく不可もなく味はよくわからない。
まあ、焼酎ってぇのはこんなもんさね。
出しゃばらず控えめに、己の存在を主張しないところがいいのだよ。
奥ゆかしいねえ。

三月も中旬だというのに
列島各地から今日も降雪のニュースが届く。
3年前の今頃も寒かったよなあと思い出すその先に
テレビが映し出した恐ろしい光景の記憶が鮮烈に蘇る。
或る日突然、日常の全てを押し流されてしまったり
住み慣れた土地を不条理に追われることもなかった僕ら。
痛みの伴わない記憶は、あらかた消去されちまってる。
それが怖い。

天災という名目で、誰も責任を問わないのがこの国のやり方らしい。
ニュース番組の特集を観ながらそう感じた。
戦後と同じだ。
投げ出された国民は泣き寝入りするか
或いは気丈に己の力で立ち上がらなければならないなんて
恥ずかしいくらい文明国家とは程遠い現実が未だにある。

この国は忘却の上に成り立っているようだ。
その国家が踏み潰した大地の下に、物言わぬ温厚な国民が居る。
いつの時代も、そうして歴史を刻んできたのが
ニッポンという国なのだ。


今夜も冷える。
冬が再びやって来たかのような
北風が冷たい一日だった。

灯油ストーブかエアコンが無ければ凌げなかった前の家とは違い
このシンプルな電気ストーブで僕の部屋は十分に温まる。
ありがたいことだが、
東電に貢いでいることを思うと後ろめたい気分になってしまう。


*