2013年12月24日
Happy Christmas (War is Over)
毎年、イヴの夜にはこの曲を聴いています。
どれほどの時が過ぎても、色褪せることがありません。
2011年の同じ日に、Blogでこんなことを書いていました。
一日の中で
たとえそれが一度きりであっても
にこっと笑える瞬間が幸せなんだと僕は思う。
この世の終わりとも言えそうな
地獄絵にも似た出来事に遭遇した僕ら。
たぶんあれから、強くなってる。
強くなった分だけ、やさしくなってる。
そう信じたいものだ。
戦いはこれから先も永遠に続く。
荒んだ心は、そう簡単には癒せないかも知れない。
それでも日常の些細なことに
にこっと笑えるような人間であり続けたいと僕は思うのだ。
あれから
何も変わっちゃいないのです。
*
2013年12月23日
Point Of No Return
真冬だっていうのに、
セントラルパークは21℃だったんですってね。
季節外れのポカポカ陽気。
けど、同じニューヨークでも州北部は吹雪だとか。
こりゃ確かに異常ですわ。
ぬくぬくと暖房の効いた部屋で
晩飯を喰らいながら見ていたテレビは
北極の氷が消滅するまで、あと30年しかないと言っておりました。
衝撃です。
30年なんて、あっという間ですもの。
地球はどうなってしまうんでしょう。
そして北極圏の海氷面積が少ない年の冬は
冬将軍が日本列島をすっぽりと覆うくらい南下するそうで
今年はまさにそれ、やがて大寒波が訪れるのだそうです。
大気中に蓄積され続ける二酸化炭素はいつかその限界点を超え
温暖化が加速して止まらなくなる(Point Of No Return)も避けられそうにありません。
何かしなきゃ、始めなきゃ、とは思っても
もはや手遅れといった感が強くなるばかりです。
遡ること46億年前、
様々な偶然が重なり奇跡的に生まれた地球という惑星が
文明の発展によってその寿命を加速度的に縮めているのです。
二酸化炭素は100年経っても30%は大気中に蓄積されているらしく
地球温暖化による干ばつや砂漠化で森林が消失すると、
二酸化炭素濃度を更に高めることになってしまうとは・・
ねえ、キリンさんたち、
負の連鎖を止める手立てはあるのかしら?
*
2013年12月22日
サンタさんは玄関で靴を脱ぐ
末娘宅から画像が届きました。
サンタさんがくれたアンパンマンに驚喜するポンタの図。
ポンタの家は仕事の関係で昨晩がクリスマスだったようですから
忙しい折に日程を早めて配達してくれたサンタさんに感謝しなければなりませんね。
サンタと言えば・・
ポンタの母親である末娘がまだ幼い頃、
枕元にプレゼントが置かれると、いつも一番に目を覚ましたのが彼女でした。
ガバッ!と跳ね起きて、プレゼントがあるのを確認すると
大急ぎで隣で寝ている姉や兄を叩き起こしてました。
そして一段落してからの台詞、これがまたいいんです。
「鈴の音が聴こえたから目が覚めたんだあ~」とか、
「サンタさんが玄関で長靴を脱いでるの見て慌てて布団に潜ったんだあ~」とか。
嬉しそうにそう言っていたのを今でもよく覚えています。
当時はマンション住まいだったので、サンタさんは玄関から入るしかなかったんですね。
律儀に靴を脱いでから入っていたのは知りませんでしたけど
彼女の口から飛び出す言葉は、私たちを楽しませてくれました。
どれほど期待に胸を膨らませながら寝ていたのか
それを思うと、親としての苦労が報われた気がしましたから。
いつも空想と現実が入り乱れた不思議な世界に棲んでいた
そんな末娘も三十路を迎え、今では一児の母になってしまいましたが
ポンタも母親と同じように、サンタさんの姿が見える子供になってほしいものです。
クリスマスが近付くと
遠い昔の家族の思い出が蘇ってきます。
静かにその思い出に浸るのも、良きものですね。
*
2013年12月21日
紙はいいもんだ
12月の繁忙期、骨休めの貴重な休日。
用が無ければ福富町の友人の店で飲みたかったのだが、
長男宅へ年内に届けておかなければならない物があったので
夕方からカミさんと一緒に車で本郷台まで出掛け、
皆で一緒に晩飯を喰ってから帰って来た。
(ただし家主である長男は仕事で不在)
お誘い頂いた海明ちゃん、ごめんなさいね。
ところで・・
新しいプリンターを購入すると、
人は何故あれこれプリントしてみたくなるのでしょう?
(私だけなのかも知れないが)
そしてその流れで
時節がら年賀状を無性に作りたくなってしまう。
毎年、ごく限られた所にしか出さぬ年賀状。
友人は皆WEBで繋がっているのでメールやSNSで済ませてしまうから
恥ずかしながら、親族宛にせいぜい5枚ほどと極めて少ない。
それをいつもは下手くそな字で手書きしてるのだが
今年はタイムリーにプリンターを新調したので
郵便年賀.jpの「はがきデザインキット」をインストールしてしまった次第。
例年とは意気込みが違うようだ。
今年はすごいよ。
送り先ごとにデザインを変え、素材を変え、言葉を変え
同じ物はひとつもないという手間隙かけた豪華版!(笑)
これぞ生産性に逆行する個人の成せる業ってぇもんだい。
たとえば長男宅にはこんな感じ。
先月会った時に、海洋堂のウッディーのネタで盛り上がっていたからね。
そしてポンタには・・
くう~っ、これは元日まで公表できない。
あまりの素晴らしさにA4版までプリントしちゃったくらいだからさ。
一年間は壁に飾ってもらわなきゃね。ふっふっふ。。
モニター画面を見慣れてしまっても
やっぱ、紙はいいもんだね!
*
2013年12月20日
魚拓
昼頃に車を走らせていると
青空には季節外れの真っ白な雲が。
なんだか積乱雲みたいじゃないかと呟きながら
ふと北の方角に目をやると濃い灰色の雪雲が。
空は南と北で夏と冬が入り混じってた。
まるで戦争。
だものね、夕方には雷と大粒の雨。
ヒョウが降った地域もあるとか。
東京は初雪だってさ。
仕事を終えて屋上の駐車場へ行ってみると
フロントガラスがずいぶん曇っていたので
エンジンを掛けてからワイパーを動かしてみた。
ガリガリガリ・・
ワイパーが音を立てて歪にガラスを擦った。
あらら、凍ってるわ。
慌ててデフを最大にしてガラスを暖めたとさ。
未明頃にはこの辺りの道路も凍結してるかもね。
夜明け前から車を運転する皆さん、気をつけて。
冷えた夜には
酒を飲みながらも、ふと甘いものが恋しくなるときがある。
焼酎なので和の甘さがいいな。
家の近所にある木村家という鯛焼き屋さん、
ここのは小振りな鯛で、こんな気分のときにはちょうどいい。
おまけに四角い「耳」の部分が、煎餅みたいにパリパリしてて香ばしい。
食べたいなあ、という欲求に駆られる深夜。
古い画像を引っ張り出してみたら
魚拓みたい。(笑)
*
2013年12月19日
12月の雨の日
昨日の夜、雪にならなかったのは良かったけれど
強い北風が吹く今夜の雨は、とても冷たくひどい降りだった。
車に乗っていても、ワイパー越しに見える街並みが
暗く憂鬱に震えているような、そんな夜だ。
凍えた手で傘を差し、背を丸めて道行く人は
諦めにも似た閉塞感に満ちているようで
横断歩道を渡るどの顔にも笑みは無かった。
いつの間にか、本格的な冬になってしまった。
気がつけば12月も半分以上が過ぎ
あと十日と少しで年が明けようとしているほどだ。
この加速度は、いったい何だろう。
新年を迎えても、元日がただ365分の1日であるかのように
祝う間もなく、いとも簡単に通り過ぎて行ってしまうことを憂うのは
果たして私だけなのだろうか。
年を越し、冬を越す覚悟というやつが
都会を棲家にしていると、どんどん希薄になってひ弱になって行く。
それが情けない。
季節がら、はっぴいえんどの「12月の雨の日」を
71年の中津川フォーク・ジャンボリーのライブ音源で。
鈴木茂のギターはこの頃が一番いいし、
大瀧詠一のリッケンバッカーの刻みも必聴ものだと思う。
嗚呼・・けれどこれを聴いたとて
冬を越す覚悟など決められるわけもなく
流れる人並みを僕は見てる、だけなのである。
*
2013年12月18日
年の瀬の思い出
年賀はがき印刷の無料ソフトをあれこれ物色してみたが
どれも決め手に欠けるもんで何だか面倒くさくなってきて
郵便年賀.jpの「はがきデザインキット」をインストールしちまった!
早速あれこれとテンプレートをいじくってみたけれど
クリックする度、なんだか気恥ずかしいような気まずいような・・
毛筆でザクッとダイナミックに書いてみたいよなあ。
毎年の暮れになるといつも思うんだ。
今年こそは筆をとりたいものだと。
でもねぇ、パソコンばかりで文字を書く機会も減ってしまい
今じゃ筆跡もバランスも酷いもんで
とても人様にお見せできたものじゃない。
文字は綺麗じゃなくてもいい、伝わればいいんだと言われても
そこにその人なりの「味」を感じ取れるような字でなくてはいけない。
アタシの書く字なんて、走り書きで塵みたいなもんさ。
憧れるなあ、毛筆。
死んだ親父がアタシくらいの歳の頃、
暮れになると百枚ほどの年賀状を1枚ずつ筆で書いていた光景を思い出す。
何ひとつ認めたくない親父ではあったが
太い筆で謹賀新年と書かれた賀状だけは見事なものだった。
年の瀬の思い出・・
*
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