2012年1月9日

Blue Moon

降り注ぐ蒼い光、空には大きな月が輝いています。
なんて静かで穏やかな夜なんでしょう。
成人を迎えた若者たちを祝福しているかのようです。
この優しい夜が深い闇に閉ざされることなく
彼らを明日に続く道へと導いてくれることを祈らずにはいられません。

満面の笑みで、夜明けを迎えられますように。



「Blue Moon」 ビリー・ホリデイ

昔むかし、僕が心から笑えるようになる前
僕は月の光が大嫌いだった

詩人たちが魅力的に歌に詠む闇夜の影も
僕には単なる月影でしかなかった

夜更かしする相手もなく
夜10時にはベッドに入る

世の男の中で最も哀れな者にとって
人生とはなんとも苦いものだった

青い月よ
独り佇む僕を、君は見ていたんだね
心に抱く夢もなく
生涯愛する人もいない僕を

青い月よ
僕が何のためにそこにいたかを、君は知っていたんだね
そして君は僕の願いを聞き入れてくれた
心から愛する人に出会いたいという願いを

そう、あの時、突然僕の前に現れたんだ
僕のこの腕で一生抱きしめたいと思う唯一の人が

そしてこう囁く声が聞こえたんだ
“お願い、私を深く愛して...”

空を見上げたら
月よ、君は金色に変わっていたね!

青い月よ
もう僕は独りなんかじゃない
心に抱く夢もなく
生涯愛する人もいない僕なんかじゃない


(日本語訳:東エミ)



2012年1月8日

砂糖の思い出

諸事情から昨日作り損ねた七草粥を今夜になってから食しました。
一年の無病息災を願う伝統ある風習と素朴な味、いいものです。
(一日遅れてしまったので、ご利益が無いかも知れませんが・・)

この七草粥、辞書を紐解くと関東地方の古には
七草をまな板の上に載せ、歌いながら叩いて細かくしたそうです。
その歌というのが、「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」
我が家もさすがにここまではやりませんが、次の世代にも受け継がれて行ってほしいものです。

ちなみに私の家では、このお粥にお餅が入ります。
とろっとろになったお餅、これがまたよく合って旨いのですが
ついいつも食べ過ぎてしまうのが困ったところ。
丼で二杯も頂くと、しばらくしてから胃袋がかなり膨らみますからね。
(今夜もしっかりと二杯たいらげましたが・・)

お餅と言えば、地方によってその食べ方は千差万別。
故郷の北海道では、焼いたお餅を砂糖醤油で食べていたものですから
東京の海苔を巻いて醤油で食べるその習慣には、馴染むまでかなり時間が掛かりました。
今まで甘口で食べていたものが間逆の味になるんですからね。
そんな甘い餅の味を数日前ふと思い出し、早速口にしてみたくなったのですが
砂糖がどこに仕舞ってあるのか分からず、女房に聞いてみようかと思ったものの
江戸っ子の彼女にそんな食べ方を欲しているなどと言おうものなら
おそらく猛烈に不味そうな顔をするに違いないと、やむなく断念してしまいました。
(けど、今も密かに食べたい気分でいっぱい)
四国・・でしたっけ?
味噌味のお雑煮に餡子餅が入っているのは。
それも是非一度食べてみたいものです。

思えば、北海道(私のおふくろ)では、何かにつけて食卓に砂糖が登場してました。
納豆を混ぜる時にも(辛子醤油ではなく)砂糖醤油、これもまた旨いんです。
捥ぎたてのトマトを切って食べる時にも、砂糖をザクザクッとかけてやると
畑の土の臭いが和らいで立派なスイーツに変身したものです。
言ってみれば、田舎では何でもかんでも砂糖をかけていたようなもんで
それが東京へ来てみると、何でもかんでも塩と醤油をかけるようなもんで
若き日の私は、その文化の違いに大いに驚いたものであります。

あーいかんいかん。
こんな夜更けに、無性に砂糖醤油で餅が食いたくなってきた。
砂糖は何処かな・・ゴソゴソ。



2012年1月7日

衰えを隠せないものがあるとしたら

昨夜以上に今夜は冷えているようです。
帰宅して見上げた月夜の空には、無数の星が煌いてました。
山間の里にでも行ったような気分、ちょっとだけ都会に居ることを忘れそうになります。
(私の家が在るあたりは田舎の風情ぷんぷんですけどね)

寒くて乾燥しているせいでしょうか、巷では体調を崩した方を多く見かけます。
長男の家では年末年始にかけて家族全員に重度の風邪が蔓延したとのこと。
例年であれば私が真っ先に具合が悪くなることが多く、
12月を健康な体で乗り切った験しが無いのですが、
今回は不思議なくらい体調が良いので驚いています。

前にも書きましたが、事故に遭って以来
体のあちこちで変調をきたし、毎年何らかの病気にやられるようになりましたから
病院通いも無い今の健康な状態は異常現象とも言えるのです。
うーん、どうしちゃったんでしょう。
この先しっぺ返しが怖いので、逆に何だか心配にもなってしまいます。
眼をやられたのも、耳をやられたのも、春先だったよなあ・・と。

自分が六十になる頃には、体がどうなっているんだろう?と、
未知なる世界に足を踏み入れるずっと前から想いを巡らせていましたが
私の場合、何も変わりませんね。
10年前と比べても衰えている箇所が見当たりません。
ふだんは車ばかりの生活なので、休日には遠くまで歩くようにしてますが
足が痛くなったり、スピードが落ちることも無く山坂を越えられます。
疲れやすくなったということも無く、毎晩遅くまで起きていられますし
ありがたいことに食欲も旺盛、酒も煙草も美味しく戴けてます。
平均寿命が延びているということは、人間の老齢化も先へ延びているんでしょうね、きっと。



あ・・うそ。

あっちの方だけは正直言って自信が無いです。
錆び付いて動かなくなってる・・かも知れません(汗)
衰えを隠せないものがあるとしたら
たぶん、あそこでしょう。



2012年1月6日

春よ来い!


小寒を迎え、いよいよ冬本番です。
北海道で生まれ育った私でさえも、関東平野の空っ風は堪えます。
ひどく乾燥しているためでしょうか、
先の鋭い刃で体を抉られているようで、空気がとても痛いんです。
腰の軽そうなその寒さは、風に煽られ体に纏わりついて来ては
まるで嘲笑うように冷たい息を私に吹きかけて行きます。

北海道の冬はというと、
気温では内地(本州の意味)と比べ物にならないほどですが
重厚でずっしりとした寒さの方が、体に与えるダメージが少ない気がします。
ぺらっぺらの薄情な冬よりも、分厚く重たい冬に温もりを感じてしまうような
上手く言葉にはできませんが、そんな不思議な感覚です。
外がどれほど凍て付いていようとも、
赤々と燃えるストーブを囲むと気が和みます。

薪、石炭、灯油、時代と共に暖房用の燃料が変わっても
寒気の隙間を埋め尽くすように、濃厚な熱が部屋を体を温めてくれるのが
北海道の冬であり、それは今も昔も変わってないのです。
関東の冬は、その暖房ですらペラッペラに薄情な感じがして
それが余計に寒さを募らせているのでしょう。

あとひと月ほど
この寒さに耐えて行かねばなりません。
それでも徐々に日が長くなっていることに気付くと
春の足音が近付いているようで呼んでみたくなるのです。

春よ来い!
毎年この時期になると口にしてみたくなる命令形です(笑)



2012年1月5日

女体の神秘


娘の家に届ける物があったので、新年を迎えたポンタの顔を見て来ました。
この時期の成長の早さには、ほんと驚いてしまいます。
つい十日ほど前までは猿顔だったというのに、それがずいぶん優しい表情に変わり
すっかり人間の子供らしい顔つきになっていました。
命あるもの、その逞しさって凄いですね。

最近、こんなことを思うんです。
数億年前、水中で暮らしていた生物が陸に上がり
それがやがて二足歩行を始めるまでの気が遠くなるような人類生誕までの進化の過程が
羊水に満たされた母親のお腹の中で再現されているんじゃないかと。
四つ足のハイハイ歩きから、掴まり立ちして歩き出すまでのわずか1~2年に
それらが凝縮されているような、そんな気がするのです。
まさに神秘の世界。
赤子の顔つきが猿から人に変わって行くのも、そのせいなんじゃないでしょうかね。
私たちは人類の進化の過程を、赤子を通して間近に見ているわけなのですから
生命の尊さを教えてくれる子供たちは、やはりこの星の宝物なのでしょう。

余談ですが、
私の少年時代に「女体の神秘」というドイツの映画がありました。
おそらく性教育を兼ねた、ある意味真面目な作品だったと思うのですが
その内容に関わらず、思春期の少年にはとてもエロチックな響きを感じたものです。
それは別として、原題「Helga(小惑星)」とこの邦題も、今改めて目にすると言いえて妙な気がします。
女体はまさしく宇宙そのもの!ですからね。



うーん、いったいどこから侵入して来るのでしょう。
昨年の後半辺りから、玄関と台所の間の壁の僅かな空間に時折ネコらしき動物が入り込み
身動きが取れなくなって、もがき苦しむ音が聴こえる夜があるのですが
(壁の中だから、如何にネコとは言えどもそりゃあ狭くて焦るわけですよ)
それが今夜は私の部屋の天井裏に出没したのです。
天井から聞き慣れない音がするのに気付き見上げていると
すりーすりーと斜めに横断して行きました。
明らかにネコの警戒した足音です。
旧い家なので、やつらの出入り口を見つけるのは容易なことではありません。



2012年1月4日

器(うつわ)

昨夜、携帯に友人からの着信があった。
根拠は無かったけれど、たぶん何かしらの理由で淋しい思いをしているような予感がして
帰宅してから他愛もない文面でメールを送ってみた。
すぐにいつもと変わらぬ装いの文面が返って来たけれど、
いやいや、きっと何かあったに違いない。
もう一度メールを送ってみると、即座に電話が掛かって来た。
案の定、ふだんの陽気さとは懸け離れた消え入るような沈んだ声だった。

何事にも真っ正直に、人には嫌な顔をみせず力いっぱい生きている彼女を見ていると
危うさと脆さが背中合わせであることが、顔を合わせるたび心配に思ったことがある。
それが本人の生き方であるなら、安易に口を挟むこともできないし
それが幸せなのだと言われれば、返す言葉などあるわけもない。
笑顔の裏側に秘められた覚悟など、傍からは知る由も無いのだから
会うたびに世間話はするものの、敢えて掘り下げた話題になることはただの一度もありはしなかった。

話を聞いてみると、今までずいぶん無理をしてきたようだった。
人への気遣いや思いやりの強い性分がそうさせてしまったのだろう。
或いは、取り残されてしまう孤独感から必死で逃げようとしていたのか
ここ2年ほどの生き様には、胸を打たれる思いがする。

けれど私は聞き役に過ぎない。
悩める者に道を指し示したり、気の利いた言葉で癒すことさえできない。
解決策を授けるような振りをして、人の心を弄んだりしたくないからだ。
たとえ奈落の底に居たとしても、出口はきっちりと自分で見出さなければ
この先さらに複雑な迷路に迷い込んでしまうだろうし、
人を救ったり支えてあげたりすることは、善意だけで成り立つものではなく
その責任を共有するこちら側にも相当の覚悟が必要になるのだ。
軽はずみなことを言って、その結果相手がどう動くのか
私にはそれら全てを受け入れるほどの大きな器が無い。
否、それ以前に
私ごとき体たらくな人間に、そんな度量があるわけがない。

「おかげで少し元気になれた」
それでもそう言ってもらえたのは嬉しいことだ。
切羽詰って危険な状態から、ほんの少しだけでも抜け出すことができたのなら
ただそれだけでも本当に良かったと思う。

「人から嫌われてもいい、取り残されてもいい、妥協せず自分の思った通りに生きなさい」
最後に私はこれだけ言わせてもらった。
何ら解決には至らずとも、私なりの精一杯のエールだ。
それは60年近く生きてきた、私自身の結論でもある。



2012年1月3日

Really

私が家から20Kmほど離れた仕事場へ車で15号線を走る時間帯、
正月は東神奈川の辺りでこれが見事に駅伝の復路と重なります。
なのでひとたびタイミングを誤ると、しばしの間通行止めとなり身動きが取れなくなるのでして
毎年この日だけはトップランナーとの競争と相成るのですが・・

今年もまた私の勝ち。
通行を遮断するために交通規制の警察官が無線機を握り締めているのを横目に
トップがやって来る10分ほど前に15号線に乗ることができました。
毎年恒例となった、沿道の小旗を手にした群衆の前を走り抜けるのは快感でもあります。

5年ほど前、一度だけトップが通過した後に15号線へ辿り着いたことがあります。
その時も信号機の無い神奈川警察署近くの路地から入ろうと目論んでいたのですが、
夥しい数の群衆が行く手を阻み、15号線を目の前にしながら諦めかけたその時
一人の初老の警察官が車一台分の隙間を作って通してもらえたのです。
いいのかしら?と思いながら国道に出てみると・・

がらあ~んとした片側4車線の広い道に他の車両は無く
沿道には手にした小旗を振る市民が幾重にも重なり
遥か彼方まで信号機は全て青、の世界が広がっています。
これはちょっとばかり恥ずかしい。
アクセルを踏むのも遠慮がちになってしまいました。
おまけに、しばらく走って行くと・・

あろうことか、生麦の手前でトップランナーに追いついてしまったのです。
前後は白バイ、脇には中継車と伴走車、沿道は千切れんばかりに振られる小旗。
民間?の車は私一台だけの世界、これを追い越して行くのは度胸が要ります。
あわわわと焦りながらも、辛うじて追い抜く前に生麦で右折することに成功。
無事に産業道路へと逃れることができましたが、
あまりにもリアルなこの体験は、今でも忘れることができません。
現実離れしている光景は夢と紙一重なのですから。

数日が経過してから思いました。
リアルな物事ほど、それがまがい品のように感じてしまうのだと。
あの日の光景を思い起こすと・・

何だか全体が嘘っぽい。
中継車は、実はロケ隊の撮影車。
白バイは偽者、沿道の市民はエキストラ。
はて?ランナーを務めた役者さんは誰だっけなあ?・・みたいな。
ドラマの撮影現場を見ていたような感覚なのです。
TVの映像に慣れてしまい、現実と仮想の区別がつかなくなってしまったのだとしたら
それは怖いことですよね。

思えば3.11の当日、夕方のTVに映し出された被災地の光景も
すぐには現実の事と受け入れられなかったものです。
そう、まるでCGによって創り出されたようなミニチュアの世界。
嘘だろ、嘘だよな、嘘にきまってる。
けれどそれは、紛れもない事実だったのです。

車の硝子のフレーム越しに見る世界は
どこかTVの映像と似て、嘘っぽく感じるものなのです。
リアルな体験は、地面に立って空気ごと間近で感じ取らないと駄目ですね。
・・という結論。