2012年12月30日

仕事納め、そしてBlog納め

私の仕事場は業界最大手の某運送会社のコールセンターです。
さすがに今日はキャパ・オーバー、午前指定の荷物が夜になっても届けられません。
おかげで朝から晩まで苦情の電話が殺到する事態となり
終日大混乱のまま、すっきりしない仕事納めとなってしまいました。
仕事納めとは言っても、私の仕事場も現場も年中無休で動いているのですから
明日の大晦日も今日の混乱の影響は避けられないことでしょう。
出勤される方や現場の配達員の皆さまには申し訳ない気持ちになってしまいます。

安い給料のパートの身とは言え、その会社に籍を置く私なのですから
実名を挙げて書き記すことは出来ませんけど、
現場がこなし切れないほどの物量を引き受ける会社の姿勢に腹が立ちます。
このままでは末端の配達員がやる気を失ってしまうでしょうし
サービス品質の低下による苦情件数は更に増えて行くことでしょう。
コールセンターも同じです。
苦情ばかり聞かされてはオペレーターも長続きはせず辞めて行きます。
現場の実情との隔たりを見ていると、不健全な会社だと思わずにはいられませんが
私如きがどうすることも出来ないのが歯がゆいところです。
大きくなりすぎた会社って、良くないですね。
たまに本社の役員が視察に来ますけど、それを出迎える大勢の社員の姿を見ていると
まるで組長を迎えるヤクザの世界みたいに映ります。
・・やだやだ、そろそろ足を洗わなきゃ。



そんなとんでもない晦日の一日でしたが、それはそれ。
私の日常や人生にとってはどうでも良いことです。
そう開き直って行く年を見送らねばならない頃合となりました。

還暦を迎えた今年、60歳という垣根は越えてしまいましたけれど
まだまだ纏めに入ることもなく、決して守りに入ることもなく
孫の姿に目を細めながらも、攻めの姿勢だけは貫いて行こうと思っております。
長く生きて来て、何が一番楽しいかと言えば
やはり人との出会いと新たな発見でしょう。
人間て素敵だ、そう思えることが一番の幸せじゃないかといつも思うんです。

この一年、すっかり疎遠になってしまった方もあれば
初めてお会いして(またはFacebookを通じて)価値観を共有できる方も大勢居ました。
それら全ての方々にお礼と感謝をしたい気持ちでいっぱいです。
歌人であるかずら元年は、しばらく歌うことから遠ざかってはいますが
嬉しいことに、また聴きたいと仰ってくださる方のためにも
フル・チャージした暁には是非とも歌わせて頂きたいと思っております。
その日を楽しみにしながら静かに行く年を見送り、そして新しき年を迎える所存です。
一年間、どうもありがとうございました。
私のお気に入りの写真で締めさせて頂きます。


大晦日の明日は外泊のため、本年のBlogはこれにて。
皆さま、良いお年を!!



かずら元年

*

2012年12月29日

LOVE FOR SALE


さすがに今夜は車も少なくて、1号線は60~70Km/hで流れてましたから
久しぶりに10時ちょっと前くらいに家に帰り着きました。
昨日や一昨日とわずかな違いなのに、妙に時間が長く感じられるから不思議です。
猛烈に忙しかった仕事のことを忘れ、音楽を聴く心の余裕が感じられます。

とは言っても、言葉(声)のある物はまだちょっと避けたい気分。
こんな時にブルーノート・ジャズはいいですね。
ニューヨークの空気感がこの時期にはとてもよく合うんです。
名盤と呼ばれるこのSOMETHIN' ELSEで、マイルスのミュート・トランペットが
サックスの雄キャノンボール・アダレイと絡む「枯葉」が心に染み入りますもの。

2曲目の「ラブ・フォー・セール」のイントロが流れると
昔アナログ盤で持っていたトミー・フラナガンの演奏を聴きたくなってしまいました。
とても力強いタッチのピアニストで、私のお気に入りの一人でしたから。
当時はモノクロのジャケットで徳間音工から1枚物でリリースされてましたけど
今はもう廃盤になってしまって2枚組のCOMPLETEアルバムだけのようです。
57年から64年にかけての音源らしいのですが、うーん買っちゃおうかなあ。


さて、明日は年内最後のお勤めです。
夜までみっちり働いて、さっぱりした気分で今年とおさらばできればいいですね!


*

2012年12月28日

スパッと


11時を回ってから帰宅した今夜、ふと私の部屋の温度計を見ると6.7℃でした。
外は冷たい雨、東京西部では雪も降ったそうです。
いよいよ冬が本気を出してきたような年の瀬、それもあと三日で新年ですって。
驚いちゃいますよね、12月はひたすら猛スピードでゴールを目指しています。

東京西部といえば、思い出すのは西荻窪での旧友たちとの再会の夜。
10月とはいえ寒い日でしたけど、温かなお店で交わした酒の味は忘れられません。
十もありませんけど、私にとっては今年の大きなニュースのひとつでした。
10大ニュース、ではなく重大ニュース。
回を重ねるとニュースではなくなってしまいますが、また折を見て集いたいものです。

というより、ベロベロになりかけていた某ツトムくんに
また一緒に演ろうかあ、なんて軽口叩いてしまったことも頭から離れないでいます。
本人は全く覚えてなかったようですけどね(笑)
ジジイが三人、何か面白いことが出来そうな気はしてるんですが
怠け者の私のこと「いつか考えよう」ばかりで、一向に具体化されずにいます。
ほうぼう屋の女将なら、きっとスパスパと物事を片付けて行くんでしょうけどね。
ああ、あやかりたい。

さて、明日と明後日を乗り切れば、ようやく休めます。
大晦日と元旦、この二日間だけで私の正月は終わってしまうのですが
うだうだぐだぐだしているよりも、スパッと切り替わってしまう方が
怠け者の私にはちょうど良いのかも知れません。

来年のテーマは「スパッと」にします。
引き摺らず持ち越さず、軽いノリで物事を推し進めて行く所存。
どこぞの運送会社のサービス名称とダブリますけど、
あくまで私のテーマですから混同なさらぬように。

・・しまった!
フライングで新年の抱負を書いてしまった!!(汗)

*

2012年12月27日

責任者不在?


ある程度予想していたことではありますが
ジョブズ亡き後のApple社、やはり統率力に欠けている気がします。
各セクションの開発やアップデートに関しては従来通り機能していても
最終的にそれを纏め上げる管理者が不在と言いますか
ひとつの物に仕上げる完成度が著しく低下していると思うんです。
iPhone5が発売された当初もMapの不完全さ(というより欠陥)が問題になっていましたが
それは3ヶ月ほど経過した今も満足な形に仕上がっていません。
おそらくジョブズが生きていたなら、こんな醜態を晒すことは無かったでしょう。

先日OSが6.0.2にアップデートされましたが、その不具合もずいぶん目にします。
一番多いのはWi-Fiを多用するとバッテリーが激しく消耗するとの声。
私はLTE若しくは3Gしか使わないので、ふだんはWi-Fiをオフにしてますから
バッテリーの消耗にさしたる変化はありませんが、頻繁に接続する方はお困りでしょうね。
ジョブズを何度も引き合いに出すのは気が引けるんですが、
iPhone4のフレーム構造の欠陥として電波状態が悪くなることが問題視された時
彼はすぐさま世界中全てのユーザーにバンパーを無償提供したことがあります。
危機管理と迅速な対応、これは彼がCEOだった故に成し得たことでしょう。
鶴の一声と次の一手、実力者にしか出来ないことです。

私のiPhone5は、OSを6.0.2にアップデートしてからというもの
アプリケーションの一部が正常に動かなくなってしまいました。
アプリ自体が新しいOSに対応してないんだろうと思い込み
そのアップデートを待っていたんですが一向に更新される気配がありません。
そこで今夜ふと思い立ち、iPhoneを再起動してみると正常に戻りました。
もっと早く気付くべきだったと、これはいささか後悔してますが
責任者不在?のiOS6、何かと問題が多いところが気になるのです。
Appleよ、大丈夫なのか!?

*

2012年12月26日

フリーズ?


北海道で生まれ育った私ではあっても、今夜の冷え込みはさすがに堪えます。
寒いというより痛い。無数の極細の針が皮膚を刺しているような感覚です。
これはやはり空気が異常に乾燥してるからなんでしょうね。
寒さに違いが無いとは言え、乾ききった関東平野の寒々しさは
やたら細くて軽くって、身体に纏わり付いたまま離れません。
家や身体を大地ごとすっぽりと覆い尽くすかのような
太く重たい北海道の大陸的な寒さとは全くの別物なのです。

ドンキホーテで裏起毛のスエット上下を買って来ました。
身を清め、年が明けてから着るつもりだったんですが
あまりの寒さに今夜から私の寝巻きとしてデビューします。

それにしても寒い。
脳味噌まで凍えてしまいそうです。
・・フリーズ?

*

2012年12月25日

古い写真


25年ほど前に家族でDLへ行ったときの写真、私のデスクに飾ってあります。
こやつら、今は立派な(立派すぎる)大人となり
長男には二人の子供、末娘も子供を授かり(長女は未だ独身で家に居ますが)
今では時折、私が叱られたり説教されたりするほど立場が逆転してしまいました(笑)

みんな、いい子たちでした。
長男を核として兄弟仲良く暮らしてましたが、それは今なお変わらぬ関係であり続けています。
ちょっとだけあの時代に戻れたなら、私は彼らへの接し方を改めたい
そう思ってしまうことがあるくらい、あまり良き父親ではなかったような気がします。
仕事に追われ、育児には関わっていませんでしたからね。
毎晩、子供たちが寝静まった時間に帰宅するのが常でしたし
休日も少なかったため満足に言葉を交わすことも出来なかった後悔があるのです。

けれども、子供たちはいつも純真だったことが救いでした。
サンタクロースをずっと信じてくれてましたから
クリスマスが近付くとサンタさんに手紙を書き、
三人共イヴの夜はワクワクしながら早めに布団に入りました。
深夜になってから駐車場の車に隠しておいたプレゼントを取りに行き
枕元にそっと置いてから灯りを消すと、しばらくして一人が目を覚まして大騒ぎ。
全員を叩き起こしてプレゼントを開く姿を(狸寝入りしながら)目を細めて見ていました。
その光景、満面の笑みが毎年の楽しみでもあり、疲れた体が癒されたものです。

「サンタさんの鈴の音が聴こえて目が覚めたんだあ~」なんて聞かされると
子供たちの純粋な感性がとても素敵に思えましたし
クリスマスという家族にとってのイベントが如何に貴重なものであるか
十分すぎるほどに教えられたことを感謝しなければなりません。

その子供たち、(一人を除き)今では人の親となりました。
古い写真とクリスマスの夜・・感慨深いものです。

*

2012年12月24日

祈り




A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
War is over, if you want it
War is over now


*

2012年12月23日

今年一番の出来事


毎年のことながら、暮れのこの時期に一年を振り返ってみると
その時間の早さにただただ驚くばかり。
流されて来たのか、転がって来たのか、どちらにせよ
今いる場所が必然だとは思えないのが少々癪に障るところ。

その積み重ねともいうべき還暦を今年は迎えた。
自分でもびっくり。
なので今年一番の出来事は、やはりこれだろう。

三人目の孫が生まれ、今まで拒んできた「爺さん」の称号を
何故かすんなり受け入れられたのも
還暦という節目があったからなのかも知れない。
孫の前で「爺ちゃん」と私自身が口にするようになってしまったが
何の躊躇いも無いことに気付き可笑しくなる。

ちなみに「今年還暦には見えない有名人ランキング」なるものがあった。
同い年である者たちの最近の顔を思い浮かべていると
てやんでえ~、俺だって還暦には見えないやい!と、思うのであった。

三浦友和、中島みゆき、兵藤ゆき、水谷豊、グッチ裕三、池畑慎之介、峰竜太、
風吹ジュン、坂本龍一、夏木マリ、松坂慶子、草刈正雄、小柳ルミ子、向井千秋、
ケント・ギルバート、さだまさし、キャシー中島、もたいまさこ、タケカワユキヒデ、白竜、
なぎら健壱、イッセー尾形、吉幾三、ぼんちおさむ、江木俊夫、高橋幸宏、五大路子、
ジョニー大倉、渥美二郎、里見まさと(ランキング1位から30位)



画像は先日持参した新鮮なブロッコリーを旨そうに食すポンタ。
娘から送られて来る写真を、目を細めながら見てるのであろう私の姿、
これは紛れも無く爺さんだ。

もはや否定はしない。

*

2012年12月22日

焼酎もう一杯

いやんなっちゃうなあ~

一日遅れの柚子湯に長い時間浸って
焼酎を飲みながらNHKの生番組を見て
晩飯の海鮮丼を喰ってからまた飲んで
冷えた部屋に入ってストーブに火を点けてから
また飲み始めたまではいいのだが
傾けたグラスから(口に入らず)みんな服の上に落ちていた。
それも、しばらくしてから気付くなんて
呆け老人みたいなその光景に我ながらゾッとした。

飲みすぎたかしら・・


気を取り直してジャズ・ボーカルを聴いている。
大好きなヘレン・メリルやダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーンが収められたオムニバス。
もちろん「帰ってくれれば嬉しいわ」と「縁は異なもの」は欠かせない。
こんなとき、小さなコンパクト・モニターJBL 4312Mはいい仕事をしてくれる。
中域の表現力に長けているのでボーカルが実に瑞々しく聴こえるし
小さいくせに音痩せしないで分厚い音で鳴ってくれるのが嬉しい。

オーディオ製品を(実は楽器や車もそうだが)
日本のメーカーはフラット(平坦)な音響特性を求める。
可聴帯域の全部が真っ直ぐに伸びたグラフを好む傾向が昔からあって
ピーク、ディップがデコボコになったような物を欠陥としか捉えないので
アメリカ人が作り出すような音楽性に満ちた製品を生み出せないでいるのだ。

最後は人、人間の耳がジャッジして「癖」を個性に変えるのがアメリカ式。
好きだ嫌いだはユーザーが判断すればいいことなのだが、
日本では数値としてのデータを重んじるばかりで
メーカーの区別がつかないほど優等生的で模範的なモノが溢れることになる。
これはつまらない。
突出を好まない国民性みたいなものが、そこに表れている。

ディランは「コーヒーもう一杯」と歌うが
酔った私は焼酎もう一杯、な夜である。

*

2012年12月21日

冬至


いよいよ冬本番です。
イヴの夜は全国的に雪となりそうな情報もあり
車で仕事に出なければならない身としては、ちょっと心配でもあります。

冬至といえば1年で一番太陽の力が弱い日。
「これ以上陰が極まる日はない」ことから
「これからは陽に転じる」という意味が込められているそうです。
中国の易経「一陽来福(悪いことが去り、良い方向に転じる)」と結び付いているとか。
日本では冬至かぼちゃを食べて金運を祈り、
冬至風呂(柚子湯)に入って無病息災を祈る習慣がありますが
こういった古典的な風習は受け継いで行きたいものですね。

かくいう我が家、
諸事情から柚子湯は一日遅れて明日になりそうです。

*

2012年12月20日

シュアーの思い出


友人のツイートに懐かしいモデルの名前を見掛けました。
シュアーV15 TYPEⅢ、MM型カートリッジの最高級機と謳われた往年の名機です。
この画像だと60年代の製品みたいに感じるかも知れませんが、
1973年頃にTYPEⅡの後継機として発売されたものです。
その後このシリーズはTYPEⅣ、TYPEⅤへと進化しながら80年代まで続くのですが
優れたトレーシング能力と、MC型を彷彿とさせる癖の無い音質から
MM型カートリッジのリファレンス・モデルとして一世を風靡したという意味では
やはりこのTYPEⅢが、当時のオーディオファンには一番懐かしく感じられることでしょう。

実はこのカートリッジには個人的な思い出があります。
私が20年近く勤めていた銀座の某中古レコード店が
古くから付き合いのあったバイヤーから格安の輸入盤を仕入れるようになった頃、
エア・メールで届いた膨大なリストを見ながら専務が私に問い掛けてきました。
「シュアーって知ってる?」
「V15TYPEⅢとか、VN35Eとか載ってるんだけど、これ何だろう?」
1975年頃のことです。

私はそれが歴史のある著名な音響メーカーの名前で、
今一番人気のあるカートリッジと交換針の型番であることと
日本国内では代理店のバルコムから3万円前後で販売されていることを伝えました。


大袈裟なパッケージを見ても、この製品が高級品扱いであることが頷けます。
けれど3万円は高すぎる。3個でLUXMANの管球アンプが買える値段です。
為替レートを計算してみると、¥19800で売っても十分な利益が生じることが分かりましたが
バイヤーが処分を急いでいるレコード盤とセットで仕入れると更に値引きがあるとのこと。
さっそく本体100個、交換針50個を発注しました。
船便で日本に届く日程に合わせて雑誌に(実売価格で)広告掲載したところ
大きな反響を呼び予約が殺到してすぐに完売してしまいました。
その後何度仕入れたか分からないほど、かなりの数量が売れたのですが
代理店であるバルコムからは、幾度か警告と中傷があったような記憶があります。
(この頃はまだ並行輸入があまり成されてなく、総代理店の権限も大きかったのです)

味をしめた?私は、次に同じシュアー製のマイクの特価販売を提案しました。
当時ダイナミック・マイクロフォンの定番と言われていたSM-58です。
これもバルコムからは3万円前後で出てましたから¥19800で勝負することになり
並行輸入品の第二弾として雑誌に掲載してはみたのですが、
アフターの問題から代理店と音響機器会社の結束が固くあまり売れませんでした。
バイヤーから値下げの情報が入っても追加発注は出来ず
売れ残った在庫を叩き売りしたことは言うまでもありません。
若かった頃に成功と失敗を経験させてくれた「シュアーの思い出」なのでした。

ほろ苦い・・(笑)

*

2012年12月19日

溜息


毎年、そう毎年、
冬が来るたびに思うんです。
ああ・・球のアンプが欲しいなあ、と。

真空管の熱で部屋を温める、だけじゃないですよ。
駆動力が凄いんです、球は。
小さなモニタースピーカーも、大型顔負けの音で鳴ってくれます。
同じ1Wの出力であっても、中身が濃いんですよね。
排気量の大きな車、そんな感じかしら。
なので分厚い音がするんです。

往年の名器、LUXMAN SQ38FD
これは昔からずっと好きだった製品でしたが
ただの一度も手元に置かれたことはありません。
70年の発売当時の価格が¥98000、
大卒の初任給が3万円にも満たない時代ですから
私如きが手に出来る代物ではなかったのですが
それを今また、欲しいなあ・・と思ってしまうのです。

ああ・・(溜息)


*

2012年12月18日

ピアノ


音楽好きのポンタに買ってやってくれと、前々から娘に言われてた。
玩具とはいえ決して安くはない代物なのでしらばっくれていたら
クリスマスが近付いたもんだから、痺れを切らしたかのように再びおねだりされた。
やむを得まい、ついに買い与える承諾をした。

カワイのミニ・グランドピアノ、
ミニとは言っても32鍵、ハンマーアクションの本格的な物である。
巷では音程の狂いが少ないと評判の物らしいが
我が家には使っていない(本物の)アップライト・ピアノが今でも在るんだがね。
埃と猫の毛で汚れてしまってるんで「不衛生だからイラナイ」と言われた。
まあ確かに、クリーニングと部品交換と調律とに輸送費を加えたら
ざっと10万以上は掛かるであろうから財政的に無理ではあろうが・・

その旧いピアノは、長男に義母がプレゼントしてくれた物だから30年ほど前の製品である。
私が店頭で聴き比べ、カワイの柔らかな音質が気に入って独断で選んだ。
当時も今も、市場のほとんどを独占していたのはヤマハだったが
端正すぎて硬質な音のヤマハを私は好きになれなかった。
カワイのアップライトには(ほのかに)憧れのニューオーリンズの響きが感じられたのだ。
もしもピアノが弾けたなら(歌のタイトルではない)
私はたぶんプロフェッサー・ロングヘアーをコピーしていたことだろうな。
眠らせておくのは勿体ないけれど、
行き場のない今は部屋の片隅にそっと置いておくしかない。
(夏場は猫の寝床になっているので無駄ではないのかも知れないが)

ポンタの父親は、ドラムやジャンベを叩くミュージシャンでもある。
(私のライブでも一度か二度バックを任せたことがあった)
その遺伝子からなのか、ポンタはリズム感がいいしノリもいい。
TVの音楽番組も熱心に見入っているらしいので
爺さんとしてはちょっと将来が楽しみになってしまい、
楽器を買い与えることに何の抵抗もなくなってしまうのだ。

ただし、道を究めろよ。ポンタ!
ピアノは弾くものではない、叩くものだ。
ドラムは叩くものではない、奏でるものだ。
ギターは弾くものでもない、叩くものでもない、歌うものだ。

これが分かるようになってくれたなら、爺さんは大満足なのだが
果たしてどうなることやら・・

*

2012年12月17日

爺さんの使命


公園内を嬉しそうに走り回るポンタ、
雨の今日はこんな姿を見ることはできませんでしたが
娘宅で会った彼の成長のスピードには驚いてしまいます。
仕草や言葉、表情などが日に日に豊かになって
「人型」から「人間」に進化して行く様には感動さえ抱きます。

彼がやがて大きくなり、己の道を歩き出すとき
いったいどんな思想と言葉を持つのでしょう。
たとえどのような世界になっていたとしても
人を愛し、家族を愛し、そしてこの国を愛してほしい
そう願うばかりです。

憎しみや争い事が如何に無意味なものか、
それらは決して何も生み出さないということだけは
私たち大人が子供たちに伝えて行かなければならない
とてもとても大切なことだと思うのです。

戦火の中を生きた先代たちには実体験としてそれが出来ました。
二度と若者を戦地へ送るようなことがあってはならない、
大人たちの大半はその想いを次世代へと継承しましたが
豊かで平和な社会が長く続く中で、今はそれが危うくなっています。

日本が出来ること、世界に訴えかけること、
それは武力という力を示すことではない筈です。
イデオロギーの異なる諸外国と共存できる方策を見出さなければ
血気盛んな一握りの者たちによって「あの時代」へと逆戻りしてしまいます。

数十年後のポンタが父親になる頃
今の私と同じことを思ってくれていることを願ってやみませんし、
この国の進路を私たちが見誤らないようにしなければならないのです。

それが爺さんとしての私の使命、かな。

*

2012年12月16日

遠い世界に

遠い世界に旅に出ようか
それとも赤い風船に乗って
雲の上を歩いてみようか
太陽の光で虹を作った
お空の風をもらって帰って
暗い霧を吹き飛ばしたい

僕らの住んでるこの街にも
明るい太陽 顔を見せても
心の中はいつも悲しい
力を合わせて生きることさえ
今ではみんな忘れてしまった
だけど僕たち若者が居る

雲に隠れた小さな星は
これが日本だ 私の国だ
若い力を身体に感じて
みんなで歩こう 長い道だが
ひとつの道を力の限り
明日の世界を探しに行こう
明日の世界を探しに行こう



五つの赤い風船 1969年「遠い世界に」 西岡たかし 作詞作曲


*

2012年12月15日

爺の戯言

政治を語るつもりはありません。
経済のことなんてまるで分かりません。
世界情勢がどうこうと言われても
イデオロギーや宗教に起因する出来事は
難しすぎて安易に口を挟むことはできません。
むろん、正義感なんてものも持ち合わせていません。
あるのは怒り、ただそれだけです。
金と権力による横暴、それらへの怒りだけなのです。

幾つになっても保守の側には付けず
反体制という死語に近い言葉が今でも体に染み付いています。
それを思い出してしまったのは
危険な暴走を加速させようとする輩のせいでした。

私の子供や孫たちに銃を持たせることなどできません。
豊かで便利な暮らしの代償だからと言って
放射能に汚染された空気を吸わせることもできません。
戦後を馬車馬のように働いて先代たちが築き上げたこの国を
大日本帝国の時代に戻すことなんて絶対にあってはいけないことなのです。

今夜の私は、それだけを言いたい。






湯川れい子さん、この方の最近の言葉には力が漲っています。
著名人であるが故の言動に対して繰り返される
多くの脅迫にも動じない姿勢には、ただただ敬服するばかりです。
ご本人曰く、戦争や原発に比べたら恐れるに値しないとか。
政治家を志す諸氏よ、せめて彼女のようにブレない信念を持て!

今夜の私は、それだけを言いたい。

2012年12月14日

拒むものと受け入れるもの


二十代の若者たちが、同世代の者たちを投票所へ向かわせるために、NETや広報などを駆使して様々な活動をしているそうです。今夜のNews23クロスでその幾つかが紹介されていました。

その番組の中で、とある団体の女性代表が口にした言葉、「政治や政策が若者の方を向いてないから関心が高まらない。」私はその意見を耳にして愕然としてしまいました。社会保障・年金など中高年向けの政策ばかりが争点となっている実情を嘆いたのかも知れませんが、将来そのツケが己に降りかかって来るのですから、自身の問題として受け止め考えて行かなければなりません。

仮にそれが難しい問題であったとしても、原発の是非・憲法改正論・集団的自衛権の行使など、この国の将来を決める重要な事柄に対しては、世代や年齢に関わらず明確な意思表示が成されて当然だと思えるのですが・・

何かひとつだけでもテーマを決めて、それに対する自分の答を持って、どうか投票所へ足を運んで頂きたい、そう思うのです。選挙とは「選ぶ」という目的の他に、自分たちの暮らしをどうしたいのかという個々の意思表示でもあるのですから。

拒むものと受け入れるもの、これだけは傍観してるだけではいけません。あなたの意見や主張を票に託して投じることが肝心です。老人たちの暴走を止めるためにも、将来を担う若者の1票が重要なのだと思えるのです。

Google 選ぼう2012 http://www.google.co.jp/landing/senkyo2012/index.html


2012年12月13日

TELL ME WHY

冬の空を見上げてきました。
ふたご座流星群、新月で空が暗いので数分間に幾つも見ることができましたけど
首が痛くなり、おまけに軽装で庭に出てしまったので寒くて早々に退散。
部屋に戻って灯油ストーブの前で焼酎お湯割りを頂いております。

午後から出掛けた期日前投票は、思ったほどの混雑もなく少々拍子抜けの感あり。
およそ2年ぶりに洗車した(清めた)車に乗って戦闘モードで行ったんですけどね(笑)
それでも訪れる市民は後を絶たず、今回の選挙への関心の高さが窺えます。

それにしても分からないことが多すぎます。
この時期に国内のタカ派を挑発するような中国の一連の動き、
このままじゃ改憲を唱え武力行使を目論んでいる者たちの思惑通りになりかねません。
「ほらごらんなさい、憲法改定しなくっちゃこの国は危ういですよ!」
そんなデモンストレーションを応援するかのように(小っちゃな)プロペラ機が一機、
これ見よがしに領空を飛び回って帰って行ったそうです。

私、何か裏があるような気がして仕方ないんですよ。
自民党が政権奪還するために中国共産党と仕組んだシナリオじゃないかとか。
見えないところにお互いの利害関係の共通点が何かあるんじゃないでしょうかね?
我が国に革新勢力が台頭することを望まない諸外国の都合みたいなものが
同盟関係にあるアメリカを含め、右も左も東も西も、あちこちで見え隠れしてる
そんな気になってしまうほど分からないことばかりです。
日本が世界に向けて正真正銘「真っ当な事」を言い出したら大変だ!
そうならないように仕向け、仕組まれてると思うのは私だけかも知れませんけど
諸外国はこの国の変革を求めていないどころか、
五十数年続いた旧政権との様々な密約があるように思えて仕方ないのです。

私の投じた一票が、そんな深い闇を切り裂く一筋の光と成り得るか
その答は間もなく明かされます。


こんな夜はニール・ヤング、「TELL ME WHY」


2012年12月12日

冬の時代


負けました、寒さに。
今夜、この冬初めて私の部屋の灯油ストーブに火を点けました。
ひと昔前のガソリンかと思ってしまうくらい高価な灯油、
節約を心がけましたが、もう我慢の限界に達してしまったのです。

室温や外気温、温度計では昨日より高くても寒さの質が明らかに違っています。
なんだかズシリと重く、底冷えするような感覚です。
昨晩は電気ストーブのスイッチを入れても、室温は13.8℃より上まで上がりませんでした。
もう無理ー!!電気ストーブはそう叫びながら敗北を認めたので
やむなく今夜からは灯油ストーブにバトンタッチした次第です。
冬、本番となりました。
これからは狂ったような寒さが襲って来るんでしょうね。やだやだ。

灯油ストーブの天板にヤカン、これは欠かせませんね。
いつでも熱いお湯が使えますし、加湿器としても有効です。
ただし、ピーピーケトルなので音が鳴りやみません。
そりゃあやかましいだろう、そう思われるかも知れませんが
一気に沸かした時の「ピーピー」ではなく「プヨプヨプヨ・・」と鳴るのでホッとします。

明日は休日、期日前投票に赴く予定です。
未来への道筋に責任を果たさなければなりません。
原子力の平和利用などと謳いながら、
その技術と蓄積は核武装の隠れ蓑としか思えませんもの。
金儲けだけの目的にしてはリスクが高すぎますし、
近頃声高に叫ばれる国防軍やら改憲やらの主張が不気味に重なります。

私は理想としての平和憲法を守り抜きたい。
そして全ての原発の永久停止と廃炉を求めます。
淡々と、そんな一票を投じて来ようと思うのです。




凍て付いた空に星は溢れ
蒼褪めた月が輝いても
心閉ざした虚ろな眼は
道を見出すこともない

吐き出した息は凍りついて
言葉にさえもならなかった
悴んだ指の間から
零れ落ちて行くよ俺の愛が

冬の時代の中で 新しい年を迎え
冬の時代の中で 行く年をただ見送るだけ



「冬の時代」 かずら元年



2012年12月11日

千円の切符


選挙まであと数日だというのに、はてな?今回は遅いなあと思っていた矢先、今日になってからようやく投函されてました。「投票のご案内」私の居住区は何かトラブルでもあったんでしょうかね、投票日の五日前に届くなんてかなりタイトな日程です。ま、元はといえば年の瀬のクソ忙しい時期に選挙をやろうなんて決めた輩が悪いんですけど、お役所の方々は準備その他でさぞかし大変な思いをしたことでしょう。けれどもそこは公務員の強み、残業や休日出勤の手当てが付いて懐が潤うのかも。

そんな人件費から始まり、投票箱やら備品やら広報の費用やらで、衆議院議員の総選挙にかかる銭は全国でおよそ800億円と言われています。もちろん全てが税金で賄われますから、有権者一人当たり千円以上の費用負担をしている計算になるのです。費用だけ徴収されるのは癪ですから、皆さん必ず一票を投じてくださいね。

千円で原発が止められるかも知れないのですから。

2012年12月10日

お経、続編

昨晩のBlog、法要の席でお経をハモる楽しみを書いたところ、友人から「アフタービートで木魚を叩く坊主が居た」との驚くべき情報がありました。いやあ、さすがにこれは凄いですね。後打ちの木魚なんて遭遇したことありませんもの。機会があったら是非聴いてみたいものですが、たぶん落ち着かない気分になるんでしょうね。ちょっと想像がつきませんけど(笑)

木魚や鐘の鳴り物を用いるお経って、何か独特なビートを感じますよね。上手い坊主はその使い方も、まるで呼吸するかのように自然なので安らかな気持になれます。反面下手くそな坊主は(ボーカルに相当する)お経も不味ければ鳴り物までもが、音も間もひどくぶっきらぼうで不快な気分にさせられます。私はどうしても音楽と同じように捉えてしまいますけど、鼓動と同期するような安定した「音」のお経は心が洗われる思いがするのです。

どんな世界でもそうですが、声質もとても重要です。明らかに人を不快にさせる攻撃的な質の声もあれば、安心できる友好的な質の声というのもあるのです。(顔の見えない電話などは特に顕著に表れます)こと坊主に関しては、やはり後者の方がいいに決まってるんですが、たまに居るんですよ、人間性を疑いたくなるほどひどく悪質な声を発する坊主が。この手の坊主は下手なお経を誤魔化すかのように、やたらと長い説教をしたり要らぬお節介をしたりする質の悪い者が多いようです。しかも上から目線の物の言いよう、これだけは勘弁してほしいですよね。

かと言って、優しすぎてか弱さを感じさせてしまう声も駄目ですね。人はいいんでしょうけど、何となく頼りない。やはりどっしりとした重厚さが無ければ人を導くことはできませんし、心地好い気分にもなれません。坊主は寡黙でいい、喋らなくていいから(良い声で)上手いお経を唱えてくれ。望むことはそれだけです。

それにしても・・
アフタービートで木魚を叩く坊主はファンキーだなあ。一度お目にかかりたいものです。


画像は法要やお食事会を終えて娘宅に戻った直後のポンタ。
お昼寝もできなかったばかりか(初めての)法事に緊張して疲れたのか、ずっとビービー泣いていたそうです。幼児の泣き顔って可愛いもんですよね~踏ん張った足の小さな指先が、これまた可愛いじゃありませんか。
この後は爆睡した模様です。ポンタ、お疲れさん!!

2012年12月9日

お経をハモる


高輪の円真寺にて義母の三回忌の供養を終えました。高層マンションが建ち並ぶ都会の一角にひっそりと佇むその寺は、入口の間口も車1台がやっと通れるほどの狭さで、何度訪れても毎回通り過ぎそうになってしまいます。現在は昨年の大地震による傷みを補修する工事のため本堂が使えませんでしたが、江戸時代中期からこの場所に在るという歴史の重みを感じるお寺でもあります。すぐ近くには明治41年に建造された高輪消防署二本榎出張所が在り、この建物もまたとても趣がある素敵な姿を現代に伝えているのです。


今でこそビルの陰に隠れてしまってますが、当時は高輪の高台にそびえ立つ火の見やぐらから東京の街を見守っていたんでしょうね。ずいぶんと老朽化しているんでしょうけど、こういった歴史を持つ建造物はこのまま後世に残してほしいものです。

実は法事の席で私にはちょっとした楽しみがあります。
法要の後半、住職に促され皆で「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えるときに、最初は周囲の声と同じ音程でスタートして、やがて三度・五度と上の方の音程を重ねて行くのです。いわゆるお経のコーラス、メロディが無いだけにとても深みがあって音の厚さに感動するくらい心地好い気分になります。これ、気が付くと私だけではなく息子や娘たちも同じことをやっていて、ちょっとしたコーラス隊みたいに聴こえてきますから余計に楽しくなるのです。
皆さんも機会がありましたら是非お試しください。仏教がより身近に感じられること請け合いですから(笑)

2012年12月8日

俺ら東京さ行ぐだ


1週間ほど前、末娘と孫のポンタが感染性胃腸炎にかかり発熱と下痢に悩まされてました。病院で検査を受けるとノロウイルスではないという診断で前述の病名が付けられたようですが、ニュースを見ていると、やはりノロウイルスが原因のようですね。従来型と異なる遺伝子を持つ新型のノロウイルスが犯人らしく、2006年に大流行したG24という遺伝子が変異したもののようです。二人とも今はすっかり回復してますが、これからさらに流行しそうな気配なので気を付けなければなりませんね。

「ノロウイルス:変異型が猛威」http://mainichi.jp/select/news/20121208k0000e040168000c.html

さて、明日は義母の三回忌で、高輪のお寺さんまで足を運びます。東京へ行くの、久しぶりだなあ~と思っていたら、先月西荻窪界隈に出掛けてました(笑)

でもね、私の感覚をご説明させて頂くと、山手線の上の方は個々に渋谷・新宿・池袋であって「東京」っていう刷り込みが頭の中に無いんですよ。中央線の沿線はあくまで「武蔵野」ですし、品川・田町・浜松町を経て新橋・有楽町・東京へと至る、この一角だけが「東京」であるという印象が根強いんです。広~い東京のほんの一部分、東京湾に近いわずかな地域だけが「東京」というイメージが未だに消えないのが何故なのかは分かりませんけどね。

そんなわけで、明日は「東京」まで。俺ら東京さ行ぐだ!

2012年12月7日

煙草を喫む(のむ)


昨日と同じような気温でも、今夜の方がしんしんと冷えている感じがします。
焼酎に熱いお湯を注いでもすぐにぬるくなってしまうので、
冷めちゃう前に飲まなきゃと、ついついスピードを上げて飲んでしまいますから
それに伴い当然酒量は増えてしまうということになります。
いささか飲み過ぎの昨今・・

前に長女から戴いたスタバの携帯まほうびん、この冬は重宝しています。
ポットが無い私の部屋に居ながらにしてお湯割りがすぐに作れるんですからね。
ある意味「一人居酒屋」グラスから湯気が上がっています。
ただし店内禁煙、吸いたくなったら台所まで出掛けて換気扇の下で吸うのですが
それはとても面倒くさいので、必然的に煙草の本数が減るという効果があります。

煙草を喫む(のむ)という表現がありますが、
空気が乾燥して気温の低いこの季節は、この言葉が実によく似合います。
愛煙家の方なら皆さんお分かりでしょうけど、冬場の煙草はとても旨いんです。
なので深くたっぷりと吸い込んでから「ふう~」と吐き出す
その紫煙を慈しむかのような様は喫む(のむ)という言葉がとても相応しく思えます。

さてと、一服。。。

2012年12月6日

中古製品のお知らせです


昨晩ご紹介したヤマハの革新的なユニットをマウントしたスピーカーですが、NS-15という比較的小型のモデルが福岡の業者さんからヤフオクに出品されてました。片側のコーン紙に少し皺が入ってましたが薄い素材ということと敢えて分割振動させる設計なので、たぶん音の方は問題ないんでしょう。スピーカー・ターミナルは最近の物に交換されてました。15000円スタート、妥当なラインですし興味は大いにあるのですが、業者さんの出品の場合は複数のIDを駆使して価格が釣り上がるのは目に見えてるので今回は手を出さないことにしました。最終的に30000円くらいで落札されるんなら良心的な範囲と言えるでしょうけどね。

それはそうと、昨日ハード・オフを覗いてみると素敵なアナログ・プレーヤーが置いてありました。ヤマハのYP-700C、74年頃のモデルで状態は良さそうです。いやはや、好みのモデルを見てしまったというわけですが・・(笑)


実はこれ、侮れないんです。ダイレクト・ドライブが全盛になりつつあった74年に、敢えてACモーターで駆動するベルト・ドライブの高級機として世に出した、これまた当時の技術陣入魂の製品で、中古オーディオ店では3~4万円で売られているというのに、値付けが解せぬハードオフの売値は何と¥8000です!!
DENONのDP-1700を安価で入手してしまったので私は買えませんけど、本来探していたベルト・ドライブで程度の良い物だけにちょっと悔しいです。(実は昨日、思い切ってこれも買ってしまおうかと思ったくらいなのですが・・)どなたか買われる方いらっしゃいませんか?連絡頂ければ押さえておきますので早急にお知らせください。

製品詳細はこちらのサイトをご参考に。http://audio-heritage.jp/YAMAHA/player/yp-700.html


2012年12月5日

型にはまらず


ヤマハ・オーディオのスピーカーには今も昔も「NS」という品番が付けられています。これは「ナチュラル・サウンド」の略なのであって、世界的な楽器メーカーとしての拘りが感じられるものなのですが、60年代から70年代初頭にかけてこんな奇妙な形をしたスピーカー・ユニットを作っていたことはご存知でしょうか。
グランドピアノの造形をモチーフにして特定の帯域の共振を防ぐための形状だったわけですが、こんな画期的な製品を生み出した当時のエンジニアの情熱って凄いですよね。既存のスタイルに満足せず独自の発想でそれを製品化してしまうパワーは、まさに発展途上国であった我が国の勢いそのものだと言えるでしょう。
大型の物だと長辺1mという巨大なユニットまで存在したというこれを、堅牢なダイキャスト・フレームにマウントして奥行きの浅い後面開放型のエンクロージャーに収め、能率は優に100dBを超えていたそうです。私は実際の音を聴いたことはありませんが、この巨大な振動板をエッジと密閉箱で抑え込むことなく自由に振動させた結果、とても伸びやかな音でダイナミックに鳴っていたであろうことが窺えます。見た目は大きいですがフルレンジに近い特性だったので、これ1発で全帯域をカバーしていたらしいのですが、アクセントとして超高域をスーパー・ツイーターで補っていたようです。
文献によるとこのモデルは「楽器」に近い性質で、倍音の表現力に長けていたとありますが、実際にはユニットそのものが倍音を生み出していたらしいのです。これも驚きですよね、本来のスピーカーの役割としては音楽信号を忠実に音に変換することなのですから、敢えてそこで「色付け」してしまうというのは音響製品としてはタブーだった筈ですからね。とても興味深い製品です。

けれどこれほど独創的で世間を騒がせた製品であっても、生産コストや流通コスト、そしてやがて訪れた小型化の時代の中でその姿は消滅してしまいました。丸でも四角でもなく楕円でもない、こんな革命的な製品を世に送り出した日本人技術者を誇りに思うと共にとても残念な気がしてなりません。ホンダやソニーと同じように、一世を風靡した若きニッポンの底力というか闘争心というか、それが欠乏した現代を嘆かわしく感じてしまうのは私だけなんでしょうか。少なくとも物造りに於いては自由な発想と冒険が必要です。それが失われては陳腐な物しか残らず、見渡す限り同じような物が並んでいる光景とそれを買い求める消費者の姿には何処か恐ろしさまで抱いてしまうのですが・・

何事も型にはまらず、そうありたいものですね。

2012年12月4日

Retrospective


眠りが浅いせいなのか、毎晩のように私は夢をよく見ます。犯罪系・近未来系・自然災害系・エッチ系と、それはもうあらゆるストーリーが夜毎頭の中で上映されているわけでして、おかげで退屈せずに寝ていられます。そんな話を知人にすると「夢なんか見たことない」と返されて驚いたことがありますけど、夢を見ない睡眠って一体どんな世界なのか想像もつきません。ひたすら真っ暗な宇宙空間に身を置いているような光景だとしたなら、ちょっと怖いし味気ない。複雑に入り組んで先が予測できない夢の情景にワクワクしながら入り込み、その主人公でありながら傍観している不思議な映像が見られないのは勿体ないような気になってしまいます。
私の見る夢は、自分自身が脚本家でもありプロデューサーでもあります。一人で何役をこなしているのかと思うほど、様々な角度からそのストーリーを客観的に見ていられます。ですから、かなり自分がヤバイ状況になり窮地に追い込まれると、「ははあん、きっと次の瞬間こう行くんだろうな・・」と思った瞬間その通りに展開して行くのです。これはかなり楽しめます。
難解すぎて成す術もなく恐ろしい結末を迎えようとしている時は、「まてよ?これは夢じゃないのか?そうだ、そうに決まってる」そう思い込んでいると、都合良く目が覚めて私は難なく災いから逃れているのです。スリリングですが、いつでも抜け出せるのが便利なところと言えるでしょう。

ただ、ひとつだけ気になるのは、私が犯罪を犯す夢があまりにも多いことです。前世で何か大きな罪でも犯したんでしょうか?逃げたり、証拠を隠滅しようとしたり、発覚しても誤魔化そうとしたり、バレバレの下手糞な演技と言い訳に脂汗をかきながらも、未だに一度も捕まったことがありませんけどね。とにかく毎晩のようにあちこち逃げ回っています(笑)

こんな色合いの夢風景なら素敵だろうにと思いながら、今夜のお供はバッファロー・スプリングフィールド「Retrospective(回顧展)」

2012年12月3日

気合だ!


今夜も気温9℃台の私の部屋、まだまだ旧い電機ストーブだけで頑張ってます。
人間の体って不思議ですよね、グーンと冷えた日に一度は寒ーい!と縮み上がるんですけど、次の日には「いやいやまだまだ、冬の寒さはこんなもんじゃない」と、体が勝手に身構えてるんですもの。その気合が寒さをほんの少しだけ和らげてくれてる気がします。おかげで高価な灯油を未だに燃やさずに済んでいるのです。(居間ではファンヒーターがぬくぬくした風を噴き出してるんですけどね)北向きの私の部屋、果たしていつまで持ち堪えられるか楽しみでもあります。こうなったら記録更新しなくっちゃ!
それにしても、7~8年前に西友で¥1980で購入したこのMORITAの遠赤外線電気ストーブ、元気ですねぇ。しかも温かい。安くてもシンプルな構造の製品は丈夫で長持ちだということの証明です。ちなみに我が家のトースターは30歳くらいでドアも完全に閉まらなくなってますが、毎朝しっかりとパンを焼いてくれてます。長く連れ添った家電製品はみな長寿!これは嬉しいことです。みんな家族ですもんね。


今夜のお供は「THE BEST OF BRITISH FOLK」
この2枚組で長い長いオムニバス・アルバムを焼酎と共に再び・・


2012年12月2日

あれこれ


厳寒のふるさと北海道に住む方々には「十分暖かいじゃないか」と笑われるかも知れませんが、私の部屋の温度が遂に10℃を下回りました。これは部屋の暖房を電気ヒーターから灯油ストーブに切り替える目安の温度なのでして、毎年これを境に「真冬」を実感しているわけなのであります。
さすがに今夜は冷える。けれど灯油を燃やすのはもう少し我慢することにしました。コストを考えると、おいそれと気安く燃やせませんもの。元はといえば北国育ちの私です、世知がなく生きなければ!

今朝は中央道笹子トンネルの崩壊事故に衝撃を受けました。ふだん何気なく通る道にも同じような危険が無いとは言い切れないほど身近に思える事故ですもの。同様の構造のトンネルが全国に十数か所あるだけではなく、そもそもトンネルというものは長年に渡る岩盤の圧力で縮んだり変形したりするそうで、それに耐えられる設計になっていなければならないようです。それに加えて60~70年代に於ける成長期、完成を急ぐあまりの突貫工事や資材・原材料の不足などが、今回の事故の要因になっているような気がして仕方ありません。
老朽化の進んだ首都高の橋脚があちこちで腐食していて、もはや手の施しようが無いといった話を耳にしたことがあります。中小の河川に架かる橋桁も同じように、応急処置だけでは解決できない問題を抱えたまま多くの車や人々が日々行き交っています。この国で疲弊しているのは人間ばかりではなく、建築物や構造物に於いてもその耐用年数を超えて悲鳴を上げているのが現状なんですからね。それを思うと怖くなります。

先日このBlogに書いたことと重複しますが、この国が365日休まずに動き続けて来たことをもう一度考え直す良い機会だと思うんです。不便になることをある程度は受け入れて、過剰な物量やサービスがどれほどの無駄を生み、どれほど環境を悪化させているのか、よーく考えてみましょうよ。
食料品も電気も水も、全てが不夜城と化した都会のためにあるなんて、そんな馬鹿な話ないじゃないですか。どこぞの政治家が何度も口にする「安心安全」て、大票田である都心部の有権者と政財界に向けてのリップサービスとしか思えませんもの。大きな流れを一度止めて、直すべきものは直し、廃するべきものは廃す、そのための不便さだけでも快く受け入れることにしませんか?
そう思うんです。

2012年12月1日

ぺらっと


遂にカレンダーが、ぺらっと1枚だけになっちまいました。
薄っぺらな1年を象徴してるようでもあり、なんだか複雑な想いが込み上げてきます。
日常ってぇやつが、捻り潰されて毎月ゴミ箱に放り込まれているような気がしましてね。

カレンダー11枚分の月日は、いったいどこへ行っちまったんでしょう。
一所懸命に生きてきたつもりですが、それを問われると答えが見つかりません。
ロケットから切り離された1段目から11段目が宇宙の塵となるのと同じことでしょうか?
だとすると、私が乗ったカプセルは大晦日まで周回軌道を回り続け
その後に高度を下げてから、何処へ着陸するのやら・・

そんなことを想いながら12月を迎えてしまいました。
今夜のお供はボビー・チャールズ、
冷えた夜にはこの歌と焼酎のお湯割りが一番です。